2019年9月18日
人口の高齢化が進み、肺炎が死亡原因の上位に上がっています。
死亡後に行われる病理解剖の所見では高齢者の肺炎はほとんどが気管支肺炎です。つまり気管支を伝って上流から下流へと病気が広がる形式が多く、この主な原因は誤嚥性肺炎と考えられています。
誤嚥性肺炎は、食べ物がのどにつまる顕性誤嚥と、むせたりするようなエピソードなしに起こる不顕性誤嚥があります。先の気管支肺炎の原因はほとんどが後者であると考えられています。
日頃は元気で自宅で暮らしている人が起こす肺炎は、市中肺炎と呼ばれています。これに対し、重い病気で入院中の人が肺炎を起こす場合は、院内肺炎と呼ばれています。高齢者でナーシングホームのような施設で長期間、生活している人ではその中間にあたりますが、原因はくり返しおこる不顕性誤嚥が原因と考えられています。
ここで紹介する論文[1]は、その理由について詳しく新しい考え方を解説しています。
Q. どうして誤嚥性肺炎は治療が難しいか
細菌性肺炎は細菌により生ずる感染症の一つです。上流にある全ての細菌が有害というわけではなく、とりついた身体(宿主と呼ばれる)の組織、すなわち肺の守りの強さが負けたときに病変が広がっていきます。
このとき特定の細菌の増殖の速さや、細菌がもつ遺伝子による有害な産生物質に、宿主がどのように、これに立ち向かって反応するかにより決まります。細菌の方が強ければ炎症は肺内に次第に広がり、これに伴って組織の傷害が起こり、肺炎が広がっていきます。
肺の組織は必ずしも均一に出来上がっているのではありません。肺組織における酸素濃度や組織を維持していく栄養物質も均等に分布されていくわけでありません。不均一な部分は細菌の感染に弱いと考えられます。
以前には声帯から下の肺組織は無菌と考えられていましたが、各気管支の枝ごとに無害なマイクロビオームという細菌叢(さいきんそう)によって一定に保たれていることが次第に明らかになってきています。無害な菌と肺を持っている宿主が安定した力関係にあるのが健常状態であるといえます。
また、肺組織は小さな範囲で壊れてもそれを再生していく仕組みがあると考えられていますが、無害な菌が有害な菌に置き換わり、さらに宿主の再生能力が低下した状態がくり返し、あるいは長く持続することにより肺炎が進むと考えられています。
Q. 誤嚥性肺炎はどうして起こるか
誤嚥をくり返すと、肺炎を起こす病原菌が咽頭喉頭の粘膜の表面に、次第に増えていきます。健康人でも就寝中にはごく少量の不顕性誤嚥があり、咽頭喉頭にある唾液成分が肺の中に落ち込んでいると云われます。
肺炎に至らないのは宿主の抑え込む力が強いという事情によるものですが、栄養状態が低下して、身体機能が著しく低下した高齢者では宿主の力が弱く、細菌の方が強くなります。くり返しおこる不顕性誤嚥では、咳が出て有害な菌を含む唾液 や痰を外に出そうとしますが高齢者では咳を起こす反射が低下しています。こうして、気管支の表面の細胞が広い範囲で傷害をくり返しおこし、ついに肺炎を起こしてしまいます。
1回、顕性誤嚥を起こすとすぐに肺炎を起こすということではありません。
Q. 高齢者の肺炎は変わってきたか
1970年代ごろ、高齢者の誤嚥性肺炎の研究は広く行われていました。
肺炎を起こした人から得られた痰の細菌培養を行った結果では、多くは嫌気性菌と分類される菌種により肺炎が生じ、これに対する抗生物質が開発されてきました。半世紀が経過し、医療事情は大きくかわり、昔のように高齢者が肺炎で入院すると1、2か月間も入院するということはなくなりました。
近年では高齢者の誤嚥性肺炎は、市中肺炎と院内肺炎の中間型に近いという例が多いといわれています。特に施設で暮らしている人は中間型に近い生活となってきています。
Q. 誤嚥性肺炎の診断根拠は
誤嚥性肺炎の診断基準はありません。くり返して誤嚥があること、胸部レントゲン写真では必ずしも異常がない場合でも、28%は胸部CT像でははっきりと陰影が見られると云われています。
胸部CTではさらに、左右の肺に飛び散ったように見られることや、重力が働き肺の下の方は背側に病巣が多くみられることで誤嚥性肺炎と診断しています。
Q. 脳卒中後に誤嚥性肺炎はなぜ多いか
以前は、声帯から下に位置する肺の中は、健康人では無菌であるとされていました。肺炎にかかった場合、肺の深い部分から得られた痰から特定の細菌が得られれば、それが肺炎の病気であるとみなされていました。
ところが、近年、開発された新しい方法を用いて脳卒中で意識障害をおこしている患者さんの口腔内の細菌叢(マイクロビオータと呼ばれています)を調べたところ103種の種族が見つかり、うち29種類はこれまで未報告でした。
Q. 嚥下性肺炎を起こしやすい人がいるか
嚥下障害があると誤嚥性肺炎の発症リスクは9.4倍に上昇します。意識障害では12.9倍。認知症では5.20倍。足腰が不自由となり日常生活のレベルが低下した状態では3.3倍、高くなります。高齢者で誤嚥性肺炎が起こりやすい事情です。
これらの結果は、高齢者の肺炎は不顕性誤嚥が原因で結果として気管支肺炎となります。このような不顕性誤嚥は、意識障害があるときに起こりやすいことが知られていますが、睡眠薬や抗うつ剤の服薬、飲酒で不顕性誤嚥を起こしやすくなることが知られています。
健康に暮らしている高齢者でも注意が必要です。
食べ物の種類では汁ものを飲むときに誤嚥がおこりやすいと云われています。誤嚥が起こりやすいかどうかは、誤嚥診療に力をいれている医療機関で嚥下評価を受けるのが良いでしょう。誤嚥がありそうな場合には嚥下訓練を行います。咳や痰が長く続いている人では、くり返して誤嚥が起こっていないかについて注意する必要があります。
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