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No.131 新型コロナウィルス感染症でおこる急性呼吸窮迫症候群


2021年1月9日


 急性呼吸窮迫症候群(ARDS)は、多くの呼吸器疾患の中で最も治療が困難な状態の一つです。集中治療室で、人工呼吸器を付け、その治療管理には大勢の専門性の高い医療スタッフの協力を必要とします。

 平時に集中治療室でいくつのベッドが必要かは、その病院全体のベッド数に応じた数、集中治療に割ける広さ、ふだんの医療が救急医療を専門としているか、対応できる専門性の高い医療スタッフの数に加えて、必要な医療機器、器材が準備できるかどうかなど、複雑な要件を元に決められています。仮病棟を急造して集中治療室に転用できない難しさがここにあります。

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が重症となった場合には、一般病棟での管理は困難になるので集中治療室で行うことになります。この場合、同室で治療を受けている他の患者さんに感染が広がらないように細心の注意を払う必要があります。これが急にベッド数を増やせない理由です。


 COVID-19が最重症となり、集中治療室での治療が必要となるのは多くの場合、重症化し、ARDSとなった場合です。ARDSは、多くの原因で起こりますがCOVID-19によるARDSが異なった治療方針が必要かどうかは重要です。必要な治療が、無駄なく効率的に実施されなければならないからです。


 2020年暮れに、COVID-19がARDSとなったときの治療法の在り方がLancet関連誌に発表されました。英国から発行されているこの雑誌の論文は、信頼度が高いことでも知られています。


 ARDSとはどのような状態かを説明し、掲載の論文を解説します。なお、ARDSについてはコラムNo.47にも書きました。一部は重複することをご容赦下さい。




Q.ARDS(呼吸窮迫症候群)とは何か?


医師が患者に説明するときの要点を記したのが以下の説明である[1]。


・肺に起こる非常に重篤な疾患状態であり、肺組織に水分が過剰となった状態を意味する。


・肺組織中に過剰に水分が増えることにより血中に酸素を送り込むことができなくなる。


・その結果、身体の全臓器が必要としている酸素を取り入れることができなくなる。


・ARDSを起こす原因:以下の場合がある。

 病原菌が血中に入り広がる敗血症のような重症感染症。

 嘔吐により酸度の強い胃酸が逆流し、それが肺に多量に入り込む。

 重症の肺感染症。COVID-19が相当する。

 重症の外傷。


・ARDSの症状

 呼吸ができなくなる。

 呼吸数が健康状態の時より多くなる。

 指先、唇がブルーになるチアノーゼが出現する。指先で測定する酸素飽和度が低下する。


・ARDSで最初に行う検査

 胸部レントゲン写真、多種の血液検査。これらの結果をみて胸部CT撮影を行う。


・ARDSの治療

 集中治療室で治療を開始する。

 気管内にチューブを挿管し、人工呼吸器を装着する。患者が自分で抜き取ったりしないように鎮静剤を投与する。その結果、会話や意志表示はできなくなる。


・ARDSの治療後の後遺症

 多くの患者はARDSの治療が奏功すれば普通の生活に戻ることができる。

 一部では、肺に後遺症が残ることがあり、特に酸素不足が続く時には、身体機能が低下、思考能力も低下することがある。


LancetRespiratoryDisease誌の掲載論文[2]の要点は以下の通りです。




Q.いつ、どこでどのように実施した研究か?


・2020年、3月9日より22日までにイタリアの7つの病院でARDSと診断され治療された症例の共同研究。




Q.どのようにしてARDSと診断したか?


・COVID-19の診断が確定しており、ベルリン基準とよばれるARDSの診断基準に入る、計301人の症例を集めた。通常の感染症によるARDS(301人)とCOVID-19によるARDS(2,548人)を統計的に比較した。

平均年齢は両グループとも63歳。



Q.何が判明したか?


・肺が硬くなっているかどうかの指標であるコンプライアンス(一定圧を加えたときの肺の容積。値が大きければ肺は膨らみやすく、小さい時は硬くなり膨らみにくくなっていることを示す)は、COVID-19のARDSは41 ml/cmH2Oであり、通常のARDSでは32 ml/cmH2Oと比較して28%大きい(p<0.0001)。


・胸部CT所見より計算した肺の重量には差がなかった。


・造影剤を注射した胸部CT所見では94%に肺血栓塞栓症の所見があり、肺の一部に血流がないことが判明した。


・血栓の形成は血中のD-ダイマー値と一致していた。




Q. COVID-19による死因は何に関係していたか?


発症から28日目の死亡率は、血栓の形成に関わる血中のD-ダイマー値とコンプライアンス値により4つのグループに分けることができた。


高いDダイマー値で低いコンプライアンスを基準値1とすると、Hazard ratio (95%IC)は以下の数値となった。

高いDダイマー値で高いコンプライアンスでは0.448

低いDダイマー値で高いコンプライアンスでは0.420

低いDダイマー値で低いコンプライアンスでは0.386


・Hazard ratio は女性1に対し、男性は1.803と男性の方が重症化しやすい。


・年齢は、1.048と高齢者がわずかに高い。ただし、この研究に含まれる年齢分布は、55歳から73歳まで。




Q.何が判明したか?


・COVID-19で起こるARDSは、本質的には通常の感染症や外傷で生ずるARDSと大きな差異はない。


・しかし、死亡率に及ぼす因子で比較すると、COVID-19で起こるARDSでは、Dダイマー値が高値であり、血栓を作りやすく、コンプライアンスが低値で肺が膨らみにくくなっている場合の死亡率が高いことが判明した。


・ARDSを起こす主な原因は、肺組織に水分過剰となりむくみ状態となること、構成する毛細血管の網目構造に広い範囲で血栓が作られること、また、毛細血管が破壊され肺胞の表面にガラス膜のような物質が覆ってしまうことなどが問題である。Dダイマー値は血栓ができ上がり、それが溶解した状態を間接的に観察している値であるが、血栓形成の範囲、程度を反映していると考えられている。Dダイマー値は炎症の強度をも反映している。


・これまでCOVID-19によるARDSは、通常のARDSとは異なるという見解が発表されてきたが著者らはD ダイマー値以外は同じであると主張する。




 COVID-19の重症例がARDSであるということは、武漢での初期の段階からも知られてきました。治療は、集中治療室で実施され、人工呼吸器やECMOが使われています。この論文では、集中治療室での治療期間は平均2日間でした。大勢の専門スタッフが24時間体制で、継続した治療が実施されているのが集中治療室です。COVID-19の重症患者さんの治療を行っている間には、急性心筋梗塞など、これまで集中治療室で実施されてきた医療は並行して実施することはスペースの点でもできなくなります。


 肺がんや、大動脈瘤などの手術も術後に集中治療室が使用できないという状況になれば危険な状態が予測される場合でも手術は延期とせざると得なくなります。延期が多くなれば、当然、悪化する患者さんが多くなるというジレンマに陥ります。


 また、これまでは集中治療室で行っていた治療を一般病棟で行うことになれば一般病棟での重症者が増えます。看護師らの負担が一気に重くなります。

さらに厄介な問題点は重症化する患者さんたちには、高齢者や基礎疾患を持っている人が多いことです。ARDSは多臓器が機能不全に陥る疾患です。感染症や呼吸器の専門医だけでは対応できないことは明らかで、ほぼ全科にわたって解決が難しい問題点にぶつかった場合にすぐにコンサルテーションができる体制でなければ最重症の患者さんを救命することが難しくなります。コロナ専門病院を作っても単なる隔離施設となってしまう危険性があります。


 入院できない患者さんが増えれば、プライマリケアを担当するクリニックではこれまで以上に多くの重症者を、綱渡り状態で診ざるを得なくなります。プライマリケアで実施されてきた多くのひとたちの健診も行えなくなります。医療は多重層から成り立っています。これらの全体のどこかが回らなくなった状態が医療崩壊ということです。一日も早いCOVID-19の終息を願っています。




参考文献:


1. What is adult respiratory distress syndrome? UptoDate. This topic retrieved from UpToDate on: Feb 29, 2020


2. Grasselli G. et al.Pathophysiology of COVID-19-associated acute respiratory distres syndrome: a multicentre prospective observational study. Lancet Respir Med 2020; 8: 1201–08

Published Online August 27, 2020 https://doi.org/10.1016/ S2213-2600(20)30370-2


※無断転載禁止

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