2021年2月9日
30年以上の昔になりますが、呼吸器病学の大家の先生方に誘われて緑内障に使う点眼薬の臨床治験に加わったことがあります。新しい点眼薬には、従来の点眼薬にみられるような喘息の悪化がないことを証明するのが目的でした。その頃は、緑内障の点眼薬にはいまでも使われているβブロッカーという薬が主に使われていました。βブロッカーは副作用で喘息症状を悪化させることが知られています。
研究のスタートは、喘息の治療中の患者さんで緑内障を合併している人を探し出し、臨床治験に協力してもらえるよう説得することから始まりました。当初は、喘息と緑内障の両方を持っている人をどのようにして探すのか、とてもハードルが高く思われましたが実際に調べてみると、予想外に多くの人が両方の病気を持っていることが分かりました。特に、90歳を越えた女性で緑内障の点眼薬を使い始めて半年が経過した頃に生まれて初めてひどい喘息発作を起こしたという患者さんに出会った経験は深く印象に残りました。点眼薬の変更で喘息は完治しました。
以下は、日本眼科学会のHP(http://www.nichigan.or.jp/index.jsp)からの抜粋です。
・緑内障は、わが国の失明原因の第1位であり、慢性、進行性の眼疾患で40歳以上の日本人における緑内障有病率は、5.0%である。
・緑内障は、日本緑内障学会のガイドライン(第三版)によると、「視神経と視野に特徴的変化を有し、通常、眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制しうる眼の機能的構造的異常を特徴とする疾患である」と定義されている。
・緑内障の自覚症状としては、見えない場所(暗点)が出現する、あるいは見える範囲(視野)が狭くなる症状が最も一般的である。
・2つの病型がある。
(1)原発開放隅角緑内障(OAG)
(2)原発閉塞隅角緑内障(ACG):慢性の経過。無症状が多い。
ここで紹介する論文[1]は、緑内障に関する総説です。掲載雑誌は米国医師会雑誌JAMA。眼科医だけでなく新しい知見を広く医師に知らせたいという意図が感じられます。ここでは、呼吸器診療と関係がありそうな部分だけを取り上げます。
Q.緑内障を起こすリスクファクターは?
・発症のリスク因子は以下である:高齢、非白人(黒人は白人の2倍、ラテン系は2.8%、アジア系は3.5%)、緑内障の家族歴あり。
➡アジア人に多いことが特徴。
Q.どのような視力障害が起こるか?
図は、緑内障で生ずる視力障害の例である。
上段A:
左端は正常に見える場合。
中央では障害されている部分がぼやけている。
右端では障害されている細部が見えない。バックの壁の模様がわずかに異なっていることに注意。
下段B:
左端では周辺がぼやけて見える。
中央は障害を受けている部分が黒いパッチとして見え、欠損がある。
右端では周辺が黒くなりトンネルから外を見るような像になる。
Q.発症の頻度は?
・米国では現在、患者数は約300万人(全人口は2018年現在で3億2,900万人)。世界中では、7,600万人の患者数。であるが予測では2040年までに1億1,200万人に増加する。
・遺伝性が70%。
Q.薬の副作用で起こる緑内障とは?
・注目されるのは、全身的に投与される薬物の副作用として緑内障が発症することである。
ステロイドホルモン、抗うつ薬の一部、トピラメート類(2006年以降に発売された抗てんかん薬)
・原発開放隅角緑内障(OAG)ではコルチコステロイド(投与法に無関係)
・原発閉塞隅角緑内障(ACG):抗ヒスタミン薬、抗パーキンソン薬、抗欝薬(抗コリン系)
ベンゾジアゼピン系睡眠薬、エピネフリン、H2阻害薬、三環系抗うつ剤、セロトニン阻害薬など。
Q.全身性疾患に関連して発症する緑内障とは?
・免疫異常状態(サルコイドシス、関節リウマチ、全身性エリトマト―デスなど)。
感染症(ヘルペス、梅毒、トキソプラズマ症など)
内分泌疾患(糖尿病、クッシング症候群)
眼球の血液流閉塞状態(閉塞性睡眠時無呼吸症候群、偏頭痛)
マルファン症候群
・閉塞性睡眠時無呼吸症候群に対するCPAP療法による影響は現在、不明である。
緑内障の治療ではβブロッカー点眼薬が廉価で、有効性が高いことから最初に選択される治療薬です。しかし、これにより喘息が悪化したり、喘息の素因を併せ持つCOPD(慢性閉塞性肺疾患)など多種の呼吸器疾患では治りにくい咳の原因となることがあることは先に述べた通りです。
本論文で、注目されるのは、緑内障が多種の薬の副作用として生ずる可能性と全身疾患の一つとして生ずることを指摘していることです。
少しでも、視力や視野に異常がある場合には、眼科医の受診をお勧めします。他方、緑内障で点眼薬を使っている場合に喘息症状や空咳が続く場合には、呼吸器内科の受診をお勧めします。
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