新型コロナウィルス感染症(Covid-19)はSARS-CoV-2と呼ばれるウィルスによる急性呼吸器感染症です。
Covid-19の重症化には明確な年齢差があります。パンデミックの期間中、米国では約22万5千人の成人が死亡したのに対し、18歳未満は189人でした。
小児では感染しても症状がない無症候性であるか、あるいは軽症で終わる人がいます。他方、成人では重症者のなかにSARS-CoV-2肺炎および急性呼吸窮迫症候群(ARDS)となり、人工呼吸器による治療が必要となる場合があります。一方、同じ急性のウィルス性の呼吸器感染症である合胞体ウィルス(RSV)やインフルエンザウィルスを含む他のウィルス性呼吸器感染症は、幼児や高齢者でも共通して最重症となることがあります。
SARS-CoV-2による急性呼吸器感染症では子供と成人では重症になる理由が異なるのではないか、という疑問に答えたのがこの論文です[1]。分子生物学の手法を駆使して解明したものですがここでは要点を解説します。
Q. SARS-CoV-2による感染の機序は?
・鼻粘膜で感染が始まる➡SARS-CoV-2のスパイク蛋白質が鼻粘膜の上皮細胞の表面にあるアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合する➡細胞側のプロテアーゼ、主に膜貫通セリンプロテアーゼ(TMPRSS2)と協調してウィルスは細胞に入る➡ウィルスは細胞内で複製を開始する。
Q. 小児と大人の感染の差の原因は?
・初期の研究では気道粘膜でのACEの発現は年齢と共に増加するとした➡しかし、その後の研究では、SARS-CoV-2のウィルス量は子供と成人では類似していることが判明したのでACE発現の年齢差説は否定。すなわち、感染力の加齢変化は否定された。
Q. 本論文の仮説は?
・子供と大人の間では感染率とウィルスの量がほぼ同じであっても子供が重症化することは少ない。その理由は、小児と成人の宿主の免疫応答に差があるのではないか?
➡そうであるとすれば、ウィルス感染に対する主な宿主の反応は、ウィルス複製を制限し、免疫細胞を動員し、感染細胞を除去するための抗ウィルスINFシグナル伝達が重要である。
➡本研究ではこれを証明しようとした。さらに、RSVおよびインフルエンザ感染との比較を行いSARS-CoV-2感染に特有であることを示した。
Q. 本研究の方法は?
方法:SARS-CoV-2の子供36人、RSVの子供24人、インフルエンザの子供9人、SARS-CoV-2の成人16人、健康な小児7人、健康な成人13人。鼻粘膜における臨床的な変化と遺伝子発現を分析した。
Q. 結果は?
・SARS-CoV-2の子供と成人との比較、およびRSVまたはインフルエンザ感染者の鼻粘膜サンプルのRNAシーケンス(RNA-seq)を実施した
➡局所抗ウイルスIFNシグナル伝達は、SARS-CoV-2に感染した子供と成人の間で差なし。重度のRSV感染の子供と同様であった。
➡ウイルス量は、病気の重症度とは無関係であり、IFN反応の大きさと相関していた。特に、好中球の活性化とT細胞受容体シグナル伝達に関与する遺伝子の発現は、無症候性または軽度のSARS-CoV-2感染症の子供と比較して成人で増加していた。
➡全身性の免疫応答の差が重要であり、局所的なIFN応答の差は、SARS-CoV-2感染による重症度とは無関係であることを示した。
・子供と成人の両方でSARS-CoV-2の感染は鼻粘膜のINF反応を引き起こした。INF応答の大きさは病気の重症度ではなく、ウィルス読み取り量と相関していた。これは、SARS-CoV-2に感染した子供と成人、および重度のRSV感染の子供の間で同等だった。
・ACE2およびTMPRSS2は、年齢、あるいはウィルス感染の存在とは相関なし。
➡全身性免疫応答などの他の要因が、SARS-CoV-2、RSV、およびインフルエンザ感染の小児間の疾患重症度の違いを決定する可能性があることを示唆している。
本論文では、感染を起こすきっかけとなる鼻粘膜での免疫応答に問題があるのではなく、ウィルスが細胞の中に入りこんで複製をくり返す過程での生体(宿主)側がどのように防ぐかという機序に差異があることが小児と成人との重症化を説明しています。
小児と成人との比較に加え、RSV、インフルエンザ感染症との比較を行った点が、研究方法のユニークな点です。
本論文では、小児対成人という比較で仮説を説明しようとしていますが、現在、わが国では高齢者の死亡者が多数います。高齢者が重症化する機序が本論文で証明した同じ機序によるかどうか、は疑問です。
参考文献:
1. Koch CM. et al. Age-related differences in the nasal mucosal immune response to SARS-CoV-2. Am J Respir Cell Mol Biol Vol 66, Iss 2, pp 206–222, February 2022
Originally published in press as DOI: 10.1165/rcmb.2021-0292OC on November 3, 2021
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