米国で1960年代に開始された酸素療法は、わが国では86年に健康保険の適用となり、現在に至っています。
米国では、居宅酸素療法(domiciliary oxygen therapy)あるいは長期酸素療法(long-term oxygen therapy: LTOT)と呼ばれています。わが国では、慢性呼吸不全の患者さんが在宅でも治療を継続できるという視点に立ち、在宅酸素療法(home oxygen therapy: HOT)と呼ばれています。米国などの多くの諸外国では、機器が買い取り方式となっているのに対し、わが国はレンタル方式となっている点など実施の形態が異なっています。
LTOTに関する効果を検証したデータは、COPDなど一部の疾患で有効性が証明されていますが、他の呼吸器疾患では効果はいまだに不明の部分が少なくありません。米国ではLTOTに要する医療費が高額化していることから厳密さを求める意見があります。不明の原因は、呼吸不全となる多種の疾患について症例を解析したデータが少ないことです。酸素療法は薬と同じように処方箋で開始されますが、他の薬の効果が偽薬との統計的な差異で検討されているのに対し、呼吸不全の患者さんを対象に、酸素と偽薬に相当する空気を吸入して長期間での効果の差異を比較する、というような治験は倫理的にもできるはずがありません。
米国では呼吸不全を伴うCOPDの患者さんを中心に実施されてきました。他方、わが国では、肺がんなどのターミナルケアや、寝たきりの高齢者で実施されているなど米国とは異なる形態で実施されることが多くなっています。事実上、効果の検証はさらに困難となっています。
問題点は、高額な治療法が効率的に実施されているのか、です。そのためには必要な情報が患者さん、家族に適切に伝えられているのかが問題です。
ここで紹介する論文[1]は、この点に焦点を合わせたものです。科学性という点からは、必ずしも評価はできませんが、科学になりにくい問題点を明らかにしたという点ではユニークです。
Q. 研究の背景は?
・米国ではHOTの患者数は約100万人と推定されている。機器は買い取り方式なので正確な実施患者数、実態は不明である。
・実施の開始時点では、使い方や注意点が患者ごとに指導されるが必ずしも十分ではなく、使用に不安がある患者はネット情報を利用している。
・英米、カナダ、スコットランド、オーストラリア、ニュージーランドの英語圏では、置かれている環境は、ほぼ類似している。
・ネットの情報は、国や患者団体が管理しているもの、医療機関が管理している場合、機器メーカーなどが情報提供を行っている場合に分けられるが、情報が使用している患者、家族に十分と言えるかどうかは不明である。
Q. 研究方法は?
1. 在宅酸素療法について解説している計300のサイトから重複を除外、基準について記載していないものを除外。計35のサイトを抽出。その内訳は、患者団体など5、医療者8、所属なし8、政府関連4、企業10。
2. 信頼度、治療選択に関する情報品質、健康情報のソースの3分野に分け、22項目のスコアリングを内容、リテラシー、レイアウト、表現方法、イラスト、グラフ、学習の刺激と動機付け、生活文化面からの妥当性について不適切0、優れている2までのスコアリングを行い、パーセントで示した。優れている70-100%、適切40-69%、不適切0-39%。評価は3人の研究者が独立して実施した。
Q. 患者に必要な情報とは何か?
・インターネットは健康情報の主要な情報源の一つである。
・実施の形態は長期酸素療法、携帯型酸素療法、夜間酸素療法に分けられる。
・複雑な治療法であり、患者の日常生活、生活の質(QOL)、精神的健康状態に大きな影響を与える。
・酸素機器の取り扱い方、安全性、自己管理に関する教育が必要。
・患者だけでなく、介護者にとっても不可欠である。
・重要なことはヘルスリテラシーと文化的な信念に合わせた患者教育を行っていくことである。
・適切な教育を受けている患者の利点➡酸素療法の処方についての知識が豊富で、期待が明確であり、酸素療法実施の遵守が向上している。
・しかし、酸素療法に関する教育は一貫して提供されていない。
・酸素療法については、政府、業界、医療提供者などの機関がそれぞれ情報提供を行っている。
・インターネット上の酸素療法についての情報が妥当なものであるかどうかを検証した研究はない。本研究ではそれを目的とした。
Q. 調査結果は?
・サイトは米国51%、オーストラリア26%。酸素業者や営利組織によって作成されたのがもっとも多かった。
・業界は利点、機器種類、注意点からの包括的なコンテンツであった。患者団体などは酸素療法の種類、適格性要因、機器の種類に焦点。しかし、どのように継続していくか、では両方とも情報不足。医療機関からの内容は平均を下回っていた。
・財団または患者団体のWebサイトは、品質と適合性のスコアが最も高く、DISCERNの合計スコアの中央値は48.0(四分位範囲[IQR]、43.5-60.0)、すなわち中程度。SAMの適合性スコアの中央値は70%(IQR、53.0%-71.0%)、またはそれ以上。業界または営利目的のWebサイトのコンテンツスコアは7.8(IQR、5.0-8.6)で最高点であった。HON認定シールはWebサイトの14%に存在し、5つのWebサイトのみが4つのJAMAベンチマークを満たしていた。読みやすさのスコアの中央値は、消費者の健康関連の教育リソースの6〜8レベルの推奨読書グレードを超えていた。
Q. ネット情報の問題点は?
・酸素療法が継続して必要な理由を教えているか、が不十分。
・開始時に十分な情報を提供しているか。
・全体的な内容、情報の質が適切か、患者への適合性、信頼性は低いかあるいは中等度であった。患者の読解力に合致していない。
・業界情報では➡酸素療法の利点、酸素機器の種類、注意点を包括的に作成していた。
・患者団体、支援組織では➡酸素療法の種類、適格性要因、酸素装置の種類についての情報に焦点を合わせていた。➡しかし、両者に共通する欠点は開始後のケアに関連する情報を欠いていた。
・医療機関からのウェブサイトで利用できる内容は平均以下であった。
Q. 不足している情報とは?
・不足している情報➡酸素療法を実施しながら日常の活動性を上げる情報が不足。航空機利用の旅行についての情報提供が不十分。
・酸素療法実施中の事故➡火災、火傷。機器につまずかないように設置する。喫煙禁止。酸素の安全性について適切に教育する必要がある。
・COPDにおける慢性呼吸不全では、酸素療法の実施により死亡率が低下する。この結果から、他の呼吸器疾患における慢性呼吸不全の効果が推定されている。しかし、この点を解説しているサイトは36%に過ぎなかった。また、一部では、開始により気分、記憶、集中力の改善、COPDの増悪予防を説明してあるが、必ずしも妥当な説明とはいえないものがあった。
・書面による医療情報の提供を難易度に分け、6年間ないし8年間の教育終了の水準を目安とすることが決められているが、説明内容が難しすぎるものがあった。
Q. サイト情報の問題点は?
・酸素療法に関する高水準のオンライン患者情報の開発が必要である。現在利用可能なオンライン患者ソースは信頼性が低く、不正確で不完全であり、一般の人たちが読みにくいものがある。
・情報提供を行う側に立って、医療専門家、ウェブサイト開発者、医療機関、患者、家族らユーザー側の共同作業が必要である。
在宅酸素療法を必要とする慢性呼吸不全では、原因となっている元の疾患の治療―例えば吸入薬の正しい使い方に加えて酸素療法についての情報が適格にしかも十分に伝えられなければなりません。この情報は、治療開始から経過が長くなれば患者さんの自己流に陥る危険性があります。
この論文で問題としているように、酸素療法を継続的に、しかも効果が得られるように継続実施していくためには、日常生活に即した細かな注意が必要です。英米圏では、患者さんに必要とされる情報の多くがネットに拠っています。私たちは、一人ひとりの生活の違いに踏み込んで日常の生活がより快適で、より治療効果を挙げるために継続して患者さんへの教育態勢を組んでいます。
参考文献:
1.Ang HL.et al. Online patient information on domiciliary oxygen therapy. An evaluation of quality, suitability, reliability, readability, and content. CHEST 2022; 161(2):483-491
https://journal.chestnet.org/article/S0012-3692(21)03662-X/fulltext#intraref0005
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