世界の人口の90%以上が、WHO(世界保健機構)が定める大気汚染の安全限界を超える地域に住んでいると云われます。2019年度の世界疾病負荷の調査によると大気汚染により毎年、670万人の死亡者が出ています[1]。大気汚染の結果、呼吸器疾患の中ではCOPDや喘息が、循環器疾患の中では冠動脈疾患などが悪化し死亡リスクを著しく高めていることが判明しています。
従来の研究では、大気汚染(屋外)に焦点を絞られてきましたが、室内汚染のリスクも高いといわれてきました。昔のような隙間風が入りこむような構造ではなく、気密性が極めて高い家屋構造になってきたからです。また、料理だけでなく消毒薬など家庭内に持ちこまれる薬品類は格段に増加してきました。
ここで紹介する2つの論文[2,3]は、視点は異なりますが、いずれも室内汚染を重視し、それがCOPDや喘息の悪化につながることを立証しようとしたものです。同一の時期に同じ編集者が査読を行い、社会的な意義を問うた論文として注目されます。
Q. 室内物質の原因物質とは何か?
・二酸化窒素(NO2)などのガス状粒子、微粒子状物質。
中でも受動喫煙被害のタバコ煙➡喫煙経験なしでCOPDを起こすことが判明しており、COPDの20~25%に相当する。
・室内空気汚染に加え、室内の埃、ダニ、ゴキブリ、ペットなどの空気アレルゲンが呼吸器疾患の重大な原因となりうる。
・喘息ではアレルゲンによる感作および喘息発症における曝露の役割に関してはデータの一貫性がないが喘息発症後は、曝露が増加すると重症化が進む。
・喘息では気道炎症を促進させる要因としてアレルゲン曝露が寄与するが、他方、COPDではアレルゲン曝露の意味は不明である。
Q. 室内汚染とCOPD増悪の関係は?
・対象:中等症に相当する既喫者のCOPD、計183人。平均年齢67.3歳。各家庭内のアレルゲン調査、アレルゲン感作とおよび感作性アレルゲン(猫、犬、ゴキブリ、マウス、ダニ)への高曝露とCOPDの呼吸器症状、肺機能、増悪の関連を調べた。
・結果:全体の77%では1つ以上のアレルゲンに感作されており、17%は、高濃度のアレルゲン曝露で感作されていた。曝露による感作は肺機能の低下を起こし、(β、-8.29; 95%信頼区間[CI]、-14.80〜-1.77)、症状を定量化したセントジョージスコア(SGRQ)の上昇(β、6.71; 95%CI、 0.17〜13.25)、増悪リスクが高かった。これは重症度が高いCOPDほど関連性が顕著であった(オッズ比、2.31;95%CI、1.11〜4.79)。
・考察:喘息で同様な報告があるが関連する感作を伴うCOPD患者の高アレルゲン曝露は、より悪化リスクを含む有害な結果と関連していた(オッズ比、2.31:95%CI, 1.11-4.79)、これによりQOLが著しく低下していた。
・感作と高アレルゲン曝露の組み合わせによるCOPDの重症度と悪化の間の関連性では、肺機能が低値である患者(COPDが重症化するほど)より顕著であった。家庭内のアレルゲンの種類が個人に特有な反応とは必ずしも一致しなかった。
・実際は、患者は家庭内の多種アレルゲン曝露、屋外の空気アレルゲン、職業上の粉塵、ガス、煙、タバコや他の種類の煙に同時にさらされており、関連する同時曝露が影響している可能性がある。
➡本研究は、COPD患者の呼吸器健康に対する空気アレルゲンの悪影響を確立し、アレルゲンの回避がCOPDで感作されている患者の転帰を決める重要な問題を提起している。
Q. 高効率の空気清浄機の設置がCOPDの悪化を防ぐか?
・方法:中等度から重度のCOPD患者、計116人、6ヶ月間の観察。吸入アレルゲン、室内空気汚染物質の削減を目的としたランダム化臨床試験を実施。自宅で高効率の粒子状空気(HEPA)とチャコールフィルターの両方を含む空気清浄機による6カ月間の介入試験を実施した。中等度から重度のCOPD患者の患者宅に2台の空気清浄機か、偽空気清浄機を分からないように設置し、SGRQによる症状の変化、増悪回数に及ぼす影響を比較した。1台は、寝室に、同種のもう1台はほとんどの起きている時間を過ごした部屋に設置した。主な変化はSGRQスコアを用いた症状の変化である。粒子状物質は、PM10, PM2.5およびNO2濃度、空中ニコチン濃度を6ヶ月間測定した。
・結果:SGRQの合計点数には差がなかったが6ヶ月で空気清浄器を使用している群は偽空気清浄機を使用している群と比較してサブスケールスコアの有意な減少があった。
(-7.67; 95%CI、-14.97から-0.37; P = 0.040)、息切れ、咳、喀痰スケール
(-0.81; 95%CI、-1.53 〜-0.09; P = 0.029)および中等度の増悪率の低下がみられた(発生率比、0.32; 95%CI、0.12〜0.91; P = 0.033)。これらの結果は、空気清浄器を80%以上、使用した群で顕著だった。
Q. 両研究で判明したことは?
・中等症以上のCOPDでは屋内アレルゲンが呼吸器症状を悪化させることが判明した。HEPAとチャコールフィルターを備えた空気清浄器でこれらのアレルゲンやその他の汚染物質を減らすとCOPDの結果が改善される可能性があることを示した。空気清浄機の選択ではオゾンを生成する機器は使用しないことを推奨する。
Q. 両研究の問題点は?
・観察期間が6ヶ月間に過ぎない。
・HEPAとチャコールフィルターの2種が使用されていた。後者はNO2濃度を減らす効果があり、何が大きな原因かが実は同定できていない。
花粉症の時期になると喘息が悪化するように喘息の悪化と空気中のアレルゲンの関係は良く知られています。本研究では中等度以上のCOPDでは、室内のアレルゲンが症状悪化や増悪の原因となることを証明しました。従来、大気中のPM2.5の濃度が高い場合には、屋内にとどまることが推奨されてきましたが室内の危険性も高いことが判明しました。
コロナ禍となって、さまざまな消毒薬が家庭内で使われるようになりました。私たちが診ている患者さんの中には、カーペットの消毒に通常は使われない量を噴霧し、呼吸器症状が悪化してきた人がいます。特に、呼吸器疾患で現在、治療中の方は十分、注意してほしいと思います。
参考文献:
1. Mkorombindo T. et al. The air we breathe: respiratory impact of indoor air quality in chronic obstructive pulmonary disease
Am J Respir Crit Care Med 2022; 205: 378-380. Originally Published in Press as DOI: 10.1164/rccm.202112-2822ED on January 10, 2022
2.Putcha N. et al, Home dust allergen exposure is associated with outcomes among sensitized individuals with chronic obstructive pulmonary disease
Am J Respir Crit Care Med Vol 205, Iss 4, pp 412–420, Feb 15, 2022. Originally Published in Press as DOI: 10.1164/rccm.202103-0583OC on November 9, 2021
3.Hansel NN. et al. Randomized clinical trial of air cleaners to improve indoor air quality and chronic obstructive pulmonary disease health results of the CLEAN AIR Study
Am J Respir Crit Care Med Vol 205, Iss 4, pp 421–430, Feb 15, 2022. Originally Published in Press as DOI: 10.1164/rccm.202103-0604OC on August 27, 2021
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