2022年8月18日
慢性閉塞性肺疾患 (COPD) は、階段や坂道で苦しくなり、数年にわたり、日常的に咳や痰が続くやっかいな病気です。有病率は国によって異なり、年齢とともに増加しますが、40歳以上の約10%がCOPDを患っています。米国では、COPD は一貫して米国の死因の上位にランクされており、毎年 120,000 人以上が亡くなっています。新型コロナウィルス感染症(COVID-19) のパンデミックが発生する前は、世界で3番目に多い死亡原因でした。経過中の悪化(=増悪)は、平均年間2回といわれ、頻繁な入院となることがあります。さらに重症化が進めば、在宅酸素療法、在宅人工呼吸療法などが必要となり医療負担が多くなります。
欧米では、患者数の増加が喫緊の医療危機と捉えられています。他方、わが国では、厚生労働省の統計で死因順位をみると、COPDの順位は男性では、2020年は第10位であり、2020年のCOPDによる死亡者数は計16,125人でした。ちなみに米国の総人口は約3.3億人に対し、わが国は約1.2億人です。同じ比率でCOPD死者が出ているとすると少なくとも現在の2.6倍の4万6千人程度の数字になると思われます。日本人はCOPDにかかりにくいか、かかっているのに気づいていないのか。問題は、おそらく患者さん側と医療者側の双方にあります。
欧米ではCOPDの臨床対策が遅れていることの大きな危機感があります。ここで紹介する論文[1]は、欧米のCOPD研究の第1人者たちが危機感をもち、臨床医に変革を提言し、医療者側に対して新たな情報を持つことを促しています。
Q. COPD研究の遅れとは?
・COPDは、非感染性呼吸器疾患(non-communicable disease)と分類されている。同じ、重要疾患として冠動脈疾患、脳卒中、各種の悪性腫瘍があるがCOPDの対策は基礎研究として発症の機序の解明や治療は進んだが罹患率、死亡率の減少という点で大きな後れをとっている。すなわち、臨床研究とその応用が立ち遅れている。
Q. 問題点は何か?
・この病気の早期に起こる変化が近年の研究成果から明らかになったが病名が分かりにくいことが問題である。
・広く研究が進んだが原因究明という点では喫煙が原因という一点が解明されたに過ぎない。多彩な臨床像があるがこれに関する研究が遅れている。
Q.提言はなにか?
COPDの研究が最近、30年以上にわたり大きく進歩したことを受けてCOPDの名称と定義をより実際的なものに変更することを提唱する。
以下が提言である。
・「COPDは多彩な肺の病変を呈し、慢性的な呼吸器症状(呼吸困難、咳、痰)を特徴とする。気道(気管支、細気管支)と肺胞の持続的な異常(肺気腫)、肺の血管系の異常を呈し、スパイロメトリーで気流障害を呈し、肺の構造的あるいは生理的な異常を呈する」。
この定義は、より実際的な役立つ定義であり異なるタイプのCOPDの病像を研究するものである。
Q. 「概念」の考え方は?
著者らは、そもそも「概念」という考え方の出発点に問題を指摘する。
・「実体や、概念」の考え方は、約2400年前にAristotleが定義した。すなわち、「あるものごとの実態、基本的な性質を示すもの」として定義した。
・これは医学研究のみには当てはまるものではないが従来の定義は、医学的には研究者間や患者に情報を伝えるためには不十分である。科学の進歩という見地では、研究領域の疫学、臨床、推進、発見を行うという目的には不十分である。すなわち、医学の世界では、「概念」という考え方の出発点は、Aristotleの定義では不十分であり、正確で精密な定義(nosology)と病気の分類(taxonomy)を定めることにより観察したことを理解しやすく、統一した形で考え、話し、書くことができる。
Q. 病気の定義と診断基準の違いは?
・定義と診断基準はしばしば混同される。定義には、堂々巡りしないように基本的な点を記載しなければならない。広すぎても狭すぎてもダメ。明解でpositiveなものであり、除外基準を明確にしたものでなければならない。
・Scaddingは、「病気とは、ある生物が正常とは異なる状態で、生物学見地からは不利と考えられる特徴」を指すものである。現在、使われている病名は多彩な見方で使用されている。ある病名は症状を示すものであり(例、偏頭痛)、サインを示すものがあり(脊柱側弯症)、異常な機能を示すものがあり(高血圧)、構造上の異常(がん)、原因を指す場合(結核、COVID-19)。
・知識が集積してくると病気の呼び名が変わる。結核がその例である。ヒポクラテス時代はphthisisと呼ばれていたが19世紀まではヨーロッパではconsumptionあるいはwhite plagueと呼ばれていた。結核菌が発見されて一つの病気であることが判明した。
Q. 診断基準とは何か?
・診断基準は、Sniderによれば「発見された病気の像、疫学データにより、他の類似した病気とは明確に区別できるものをいう」。
Q. COPDの病名についての問題点は?
・COPDには(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease)GOLD 2022の定義がある。
「COPDとは普通にみられ、予防と治療が可能な疾患である。呼吸器症状の持続と気流制限があり、有害な粒子とガス体の吸入や、宿主因子に肺の成長発育が影響することにより気道、あるいは、肺胞の両方の異常により起こる」
注)日本呼吸器学会の定義(2022年)は以下の通りである。
「タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することなどにより生ずる肺疾患であり、呼吸機能検査で気流閉塞を示す。気流閉塞は末梢気道病変と気腫性病変がさまざまな割合で複合的に関与し起こる。臨床的には徐々に進行する労作時の呼吸困難や慢性の咳・痰を示すが、これらの症状が乏しいこともある」
・問題はCOPDの初期病変の発見、治療が重要であるのに、これに結びつかない病名となっている。特に気流制限が起る前に発見しなければならないのにその意図が一般の人たちには伝わらない。
・COPDはタバコ病ではあるが、バイオマス被害、貧困、結核のような感染歴、喘息までがその背景にある。
・Pre-COPDという病名は気流閉塞を起こす前の診断名となる。肺機能検査(スパイロメトリー)で診断されてからでは遅すぎる。胸部CTで肺気腫があるが無症状の場合がある。
・胎児、小児期の肺成長の障害があると将来、肺機能が低下し、COPDとなりやすい。
・薬物治験のほとんどは、喫煙歴がある60~70歳の狭い年齢層をターゲットにしている。従来の基準で行っている治験データは不備である。
Q. 遺伝的なCOPDとは何か?
・ここではCOPD-Gと分類する。
・生まれつき血中のα1欠乏症の喫煙者。この場合、臨床的には喘息、肝硬変がみられる。
・他は多彩な合併症を持つ気流制限を示す。
・喫煙はCOPDの一部の原因にすぎない。
Q. 肺の成長発育が異常のCOPDとは何か?
・ここではCOPD-Dと分類する。
・人生では、女性では16-18歳、男性では20-25歳で肺機能がピークとなる。以後は緩やかに低下する。
・外界の影響として受動喫煙、室内汚染、バイオマス汚染、感染反復、低栄養。遺伝的な理由での肺の発達障害。これらが後年にCOPD発症の理由となる。
Q. 子供時代の喘息によるCOPDとは?
・ここではCOPD-Aと分類する。
労作時息切れ、咳、喘鳴。喘息として治療されている
・ACOと呼ばれているが喘息とCOPDは病因論的に異なる疾患であり、一括するという考え方は論争が多い。
Q.タバコによるCOPDとは?
・タバコによるCOPDはCOPD-Cと分類する。
・胸部CTでは肺気腫が多い。
Q. 環境被害COPDによるCOPDとは?
・COPD-Pと分類する。
・これは肺気腫が少ない。気道病変が中心。
Q.感染誘発COPDとは?
・COPD-Iと分類する。
・幼児期呼吸器感染症。RSVやその他のウィルス感染が原因。
・ほとんど知られていないが小児期呼吸器感染後の気管支拡張症は予後が悪い。
Q.原因不明のCOPDとは?
・COPD-Uと分類する。
・COPDについてはでは発症原因が、不明の場合が多数ある。オーストリアお提言であり、異なるリスク因子が生涯にわたり重なり発症する。
・性差、職歴曝露、教育、Dysanapsis、環境因子。貧困な生活が正常な肺機能発達の障害となる。
注:DysanapsisについてはコラムNo.261、参照。
Q. 混合性COPDとは?
・COPD-Mと分類する。
・多因子が重なる。
Q. 全部を統合するという考え方とは?
・遺伝子G+環境E+加齢TをGETomics と呼び、検討した論文がある。
Q. COPDの定義再検討の総括とは?
・COPDはWHOが重大疾患と指定している。(https://www.healthdata.org/gbd/2019. Accessed January 2022) 。
・糖尿病の定義を参考にするのがよい。診断の定義の中に具体的な内容を記載しているので医療者にわかりやすい。
・現在、重視している肺機能検査項目のFEV1/FVC < 0.7は予後悪化の基準として残すのがよい。
・新しくpre-COPDという考え方を決める。これは複合的なCOPDに対する新しい名称とするのがよい。
COPDという診断名は、日本人には欧米人よりもわかりにくい名称です。横文字であること、途中に破裂音が入るなど、不利な条件となっています。COPD=タバコ病という考え方が浸透していることも非喫煙者にはわかりにくい構図となっています。しかし、国際化が進んでいる現在、共通病名は情報伝達手段として重要です。
大切なことは、日常診療にあたる医療従事者が、問題点を理解し、日常診療の中にCOPDをありふれた頻度が高い病名として認識することでしょう。WHOが警告を発しているほど頻度が高い疾患でありながら、男性で10位に位置していることは大きな問題です。病気がありながら大多数は、情報不足の状態で適切な注意点を知らず生活していると考えられるからです。
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