2023年6月1日
多くの人たちを対象に調査した疫学的な研究からCOPD(慢性閉塞性肺疾患)が腸の病気と密接に関係しているのではないか、と考えられています。COPDの発症に深く関わる喫煙が腸の病気に関わっているというデータもあります。実際に、COPDと潰瘍性大腸炎が合併している人を時々、診ます。腸と肺は相互に関係し合っているのではないか、と考える研究論文はこれまでにも発表されてきましたが詳細は不明でした。
発生学的には腸と肺は同じ内胚葉から分離、発達する臓器なので互いに影響を及ぼし合うことは、これまでにも推定されていましたが具体的に臨床的なデータとの結びつきを示唆するデータは限られていました。
ここで紹介する論文は、腸と肺がどのように関係するかについて現在までの知見をまとめた論文です[1]。長文ですが要点を紹介します。
Q. 腸―肺の関連性を示唆する研究は?
・COPDの患者1,228人についての調査では多くが一つ以上の胃腸系の病気を持っていることが判明した。中でも炎症性の大腸の病気の頻度はCOPD群では健康人群と比較して高率である。
・その一つとしてクローン病、潰瘍性大腸炎はCOPDの患者で多い。その理由は、COPDを持つ人の腸では腸内細菌叢が変化していることがある。これは、腸管壁の炎症性細胞浸潤による可能性が示唆されており、その原因として腸管の透過性が亢進するのではないか、と疑われている。他方、COPDでは気道壁の慢性炎症性病変により発症し、気道が傷害された結果、痰が過剰に産生され詰まりやすくなる。両者が類似しているという考え方がある。
・タバコ煙は気管支の粘膜に傷害を与えるだけでなく、腸管の粘膜にも傷害を与えるというデータがある。
Q. COPDに関連した消化管の疾患とは?
・カナダ、ケベック州の行政健康データベースによればCOPDでは、クローン病、潰瘍性大腸炎の発生率は非COPD群と比べてそれぞれ55%、および30%高いことが判明。年齢的には50~55歳でもっとも高い。COPD+喘息の状態でも同様に高率だった。ただし、タバコ煙が逆に潰瘍性大腸炎の発症を防ぐというデータがあり、他方で若年喫煙はクローン病を発症させやすい、とするデータがあり、結論することは難しい。
・米国のデータでは、喫煙者は非喫煙者と比較して胃の消化性潰瘍を発症しやすいことが判明している。わが国でも同様のデータがある。
・韓国のデータではCOPDでは結腸、直腸の悪性腫瘍の発症率が高いことが判明。
・胆嚢の無菌性炎症はCOPDの増悪と関係しているというデータがある。
・胃食道逆流症はCOPDの併存症であることはよく知られている。
・COPDの発症と消化器系と関連する歯周病は密接に関係している。
Q. COPDと胃腸系との関連はどのように考えられているか?
出典:Wang L. et al. Am J Respir Crit Care Med 2023; 207: 1145-1160.より一部邦訳修正
Q. 全身性の炎症とは?
・COPDの発症がIL-6, TNF-αなどの全身性炎症誘発メディエーターの増加を特徴とする。
・COPDでは免疫細胞の機能不全、炎症性過敏反応があり、これらが歯周病を悪化させる可能性がある。
Q. 上皮細胞のバリア機能障害、酸化性ストレス、低酸素の影響は?
・呼吸器系、腸管粘膜の機能を維持するためにはそれぞれが持つ上皮バリアが保たれていなければならない。タバコ煙は気道上皮のバリア機能障害を起こすことが知られている。
また、酸化ストレスの亢進があるがCOPDでは一般的な抗酸化能力の大幅低下がみられる。
・COPDに伴う全身性低酸素血症では、炎症、栄養障害および血管新生の加速がみられ、食道がん、結腸癌の炎症を進める。
・COPD患者では 健康な対照被験者と比較して、腸内細菌であるバクテロイデスの割合が比較的低く、ファーミキューテの割合が 高いことが示されている。
・腸内細菌叢が変化することにより、COPD患者の腸と肺のクロストークに役割を果たす可能性がある。腸内細菌叢の変化は、循環する炎症性サイトカインの変化および腸内細菌叢の気道への転座を介して呼吸器微生物叢の組成を乱すことが示されている。
Q. 腸および肺の中の微生物代謝物の変化とは?
・COPDの発症機序では、肺マイクロビオームとメタボロームの構成要素は潜在的な相互的な役割を果たしている。
・消化しにくい食品が腸内微生物発酵に由来する短鎖脂肪酸(SCFA)を介し、腸-肺の相互に顕著な免疫調節代謝、細菌代謝に影響を及ぼすとするデータが多い。
Q. 腸-肺が相互に関係する機序はどのように考えられているか?
出典:Wang L. et al. Am J Respir Crit Care Med 2023; 207: 1145-1160.より一部邦訳修正
Q. 腸-肺の相互関係を臨床にどのように役立たせるか?
・COPDの治療は、現在は主に気道の炎症を抑制し、症状を軽減することに焦点を当てている。本稿はCOPDを改善するために腸を標的とする可能性を強調している。
・腸は、双方向の腸と肺のクロストークを通じて、肺の健康状態を改善し、COPDおよび関連する併存疾患を最小限に抑えるための有望な標的である可能性がある。
・COPD管理の新しい方向性として栄養介入を従来とは異なる方法で実施することが考えられる。
・COPDの長期治療では、呼吸器症状だけではなく、消化器症状にも目配りすることも必要となる。
Q. 新しい治療法についての展望は?
・COPDにおける腸-肺関連軸の解明が必要である。
・腸内細菌叢は、腸および全身の免疫系のプロファイリングに重要な役割を果たし、それによって肺の健康を調節する。したがって、腸内細菌叢の操作に焦点を当てた治療法は、COPD(および関連する腸の併存疾患)の患者で検討されることが必要である。
・食物繊維は、そのプレバイオティクスおよび免疫調節特性とともに、SCFA産生細菌を増加させ、喘息などの呼吸器疾患において抗炎症効果を発揮する。
・SCFAはまた、強力な抗炎症分子およびバリア保護分子であり、体循環を介して気道に到達する可能性がある。
・さらに、健康な糞便微生物叢移植が炎症の局所的および全身的阻害および腸内細菌叢組成の変化を介して肺気腫の発生を減弱させることを示すマウス研究がある。糞便微生物叢移植はCOPDの治療のための新しいパラダイムを表す可能性があり、この分野でのさらなる研究が必要である。
COPDは代表的な慢性疾患です。多彩な全身臓器の障害がみられることが多く、治療を難しく、また複雑化させる原因となっています。胃腸症状は呼吸器症状とともに臨床的に頻度が高い訴えです。この論文は、改めてCOPD診療が全身に向かうものであり、臓器がそれぞれに相互に関連していることを評価しながら治療を進めることの大切さを示唆しています。
例えば、近年、多機能の効果を示すヨーグルトが販売されていますが、腸―肺の関連機能という視点で相互効果が解明されれば慢性呼吸器疾患で行われている栄養指導の新しい分野となる可能性があります。
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