top of page

No.286 胎児の段階からの発症が判明してきた呼吸器の慢性疾患COPD

2025年1月20日


 晩秋から春ごろまで、咳や痰が長く続き困っている、という患者さんがたくさん受診されます。多くは、カゼが治らないので、という訴えですが、私たち呼吸器医は、別の病気が基礎にあってそれが、冬季に悪化しているのではないか、と疑いを持ちながら診察します。


喘息と並んで多いのがCOPD(慢性閉塞性肺疾患)です。COPDは、1950年代から注目されてきた病気です。それまで、英国グループが慢性気管支炎、米国では肺気腫と呼ばれていた病気が実は、同じ病気を別々に呼んでいたことが判明し、統一した提案された病名がCOPDです。論争となったLondon-bronchitis(ロンドンの慢性気管支炎)、Chicago-emphysema(シカゴの肺気腫)の呼び名は半世紀以上、経過して覚えている人も少なくなりました。当時、COPDは、一時的な暫定病名のはずがその後も名案もなく今に至っています。


以降、COPDには、莫大ともいえる数の学術論文がありますが論調はほぼ似通っていました。例えば、1976年に発表されたFletcher, Petoによって発表された論文はその代表的といえるものでした[1]。30歳から59歳までの人たち計792人を6カ月ごとに計8年間にわたり追跡調査したもので「COPDのFletcher、Petoモデル」と呼ばれています。この論文などから「COPDはタバコ病」と呼ばれるようになりました。さらに受動喫煙や職業的に有害な粉塵などを吸い続けたことも発症の理由であると説明されてきました。

しかし、その後の研究から判明してきたことはCOPDの20~40%はタバコを吸った経験がない人たちであるという調査結果です。実は、非喫煙者にもCOPDが多く、しかも、その病気は胎児の段階から病気がスタートするらしいこと、したがって幼少時にすでに予備群がかなり多いこと、老化がそれを悪化させることだけでなくヒトの肺は25歳から老化が始まるらしいことまでは明らかにされてきました。従来の教科書的な記載には大幅な修正が必要になっています。

COPDの発症には特定の遺伝子が深く関わっており、そのため病気を発症しやすい人たちがいるということも分かり、胎児期から数えて1000日間の小児期が特に重要であることも、新しい情報です[2]。

 本コラムは、すでに2022年8月1日発表のコラムNo. 261に関連し、その後の研究の進歩を示しています。併せてお読みください。




Q.肺機能の経年変化の研究は?


・ライフコースで一人のヒトが生涯を通じて肺機能がどのように変化していくかについては学童期からスタートして70歳まで追跡した研究がある。


・出生前から追跡研究しているツーソン研究はようやく50年間に達した段階である。

➡理想的には出産可能な女性を募集し、妊娠期から老年期まで追跡した研究が必要であるがこれはまだ、実現していない。人種差も含めたデータがあれば予防策は、よりきめの細かな注意点が判明する。




Q.胎児期の気管支と肺胞の形成時期は?


・肺の成長発育の過程は樹木の生長と比較すると分かり易い。多くの枝に相当するのが気管支でその先の葉に相当するのが肺胞である。計算上では肺の容積の95%は肺胞が占めていると言われる。


・胎児期における肺の成長発育は、妊娠約17週目までに気管支の太い部分の枝分かれ構造(分岐)が完成する。その後、肺胞を作る前段階の腺房構造が発達する。球体の肺胞を膨らますためには表面張力を低下させる物質が必要であるが、必要なサーファクタント(界面タンパク質)の産生は、妊娠後期の終わりごろにそれぞれの肺胞の壁で始まる。妊娠28週目以降に肺胞が形成され始める。




Q.最初の1000日間の重要性とは?


・出生前の胎児期の9カ月間と出生後2年間を合わせた計1000日間は生涯の健康の維持と肺の健康と病気の発症という点で重要である。この時期までは、多種の遺伝子の役割の関与が大きく、一定のプロセスで進んでいく。


・この時期までに身体の発育が遅れた場合には、肺の成長発育も遅れる可能性がある。遅れたとしても追いつき現象(キャッチアップ)が起こることがある。これがうまくいくと、肺の成長の遅れがあったとしても回復が期待でき、その結果、思春期、成人期での問題が最小限になる。実際には、例えば、乳幼児期の重い肺炎は肺の正常な発達を妨げるが、その後の管理がうまくいけば後遺症とならない。また、小児期に発症した喘息は青年期以降に軽くなることが期待できる。しかし、キャッチアップがうまくいかなければ後遺症となり、その後の咳、痰、息切れを起こす可能性がある。


・肺の発育の遅延は肺機能検査で確認することができ、その検査項目の一つが1秒量である。1秒量が同年者と比較して著しく低値である場合には、肺炎など呼吸器系の疾患が重症化する危険性があり、心血管系の疾患のリスクが高くなることが知られている。


➡妊娠開始から生後にわたる1000日間の呼吸器系の注意が特に必要である。1)すなわち、出生前および生後の1000日間の健康状態の維持は、生涯にわたる呼吸器系の健康の維持のために特に大切である。2)もし、この期間中に重い呼吸器感染症などを経験したとしてもキャッチアップ現象を期待することができるので適切な治療、栄養状態や運動などの継続した指導が重要である。3)したがって、乳幼児、青年期において肺が正常に発育しているかどうか、を知ることは重要であるが現在、5歳児以降に肺機能検査が可能であるがそれ以前は検査が困難で親からの情報が唯一でしかも貴重な情報源となる。




Q.胎児期の肺の発達に影響を及ぼすものはなにか?


・低出生体重(300~400g)は、肺形成不全となりやすく、成人後に肺気腫を起こす可能性が高い。キャッチアップさせる継続的な治療やアドバイスが必要である。


・帝王切開で生まれた子供は産道を通過する際に吸引する正常な細菌叢が正常分娩とは異なっている。腸内細菌は細菌叢(細菌の集団、塊)として約400 兆個と云われている。この影響で、帝王切開により生まれた子供は生後、アトピー性疾患のリスクが高まると言われている。




Q.学童期の肺への影響は?


・肺はまだ、未発達であり、家庭内の室内汚染、受動喫煙、大気汚染の影響を受けやすい。


・気道感染ではウイルス性の感染リスクが高く、これによる傷害を避けるという見地からワクチンの接種が勧められている。




Q.25歳以降に肺の老化が進む理由は?


・老化とは、身体の組織の構造と機能が進行性に損なわれることを意味するが25歳から始まる。すなわち、身体発育、成長がストップし、その後、しばらくの間は一定で経過するがその後は、老化過程に入る。


・老化の進行は遺伝的な影響を受けるが、喫煙は老化促進原因であることに注意する。原因は、分子レベル(テロメアの消失など)、細胞内の構造変化(ミトコンドリアなど)、細胞そのものの老化、細胞を新たに引き継ぐ幹細胞の傷害、喫煙などによる臓器に特有な変化、臓器全体に起きる炎症変化、細胞間を連絡する回路の劣化、腸内細菌の変化などが原因とされている。




 COPDは中高年に多い病気ですが、その原因は、胎児期にすでにあることが判明してきました。母親の喫煙は、胎児の肺の正常な発育を妨げることが判明しています。

人間の身体の復元作用は極めて巧妙にできています。肺では細胞レベルの傷害があっても、回復、修復作用が同時に進行していきます。しかし、このキャッチアップ作用を妨げると肺の傷害の回復が起こらず、小児期から肺の微小な障害が進行していきます。25歳すぎからはさらに老化作用がこの変化に加わることになり、肺の正常な働きを低下し、咳や痰、さらに坂道での息切れなど自覚症状が出てくる頃はかなり進行した時期となっています。

 私たちは、「COPDは胎児期から始まる」を念頭に次世代の健康を守っていきたいと思います。




参考文献:

1.     Fletcher C, Peto R. The natural history of chronic airflow obstruction.

BMJ 1977; 1: 1645-1648.


2.     Hopkinson NS. et al.  Early life exposure and the development of COPD across the life course.

Am J Respir Crit Care Med 2024; 210: 572-580.


※無断転載禁止

閲覧数:19回

最新記事

すべて表示

No.287 低体重でうまれた子供が成人後にCOPD となるリスク

2025年1月22日  生まれたときの身体の完成度は、動物種により異なります。生まれたあと、短時間でも自分で動き廻る能力を持つ動物がいますが人間は、母親の庇護の下、乳幼児、小児期を経て成長し続けるゆっくり発育型です。さらに身体を構成する臓器の成熟度は、必ずしも同じではありま...

Comments


bottom of page