2025年2月13日
近年の医療は、専門分野が高度に先鋭化しています。臓器移植だけでなく、臓器そのものを人工的に作るあるいは、人工的に臓器の一部を修復する技術は、急速に進歩し、具体化してきました。将来的には、新しい治療法として人工臓器の開発と並行して従来にはなかった考え方で開発された薬で病気を治療することが進み、日常の診療でも利用される時代に進むことでしょう。
臓器別の専門医療は、急速に進んでいます。しかし、これに対し、複数の臓器にまたがって病気があり、一方の治療が奏功しても共存する病気が足を引っ張り、結局、両方の治療が難航する場合がみられるようになりました。特に高齢者では、肺と心臓、心臓と脳、胃腸と肺など、複数の病気をもっている人がかなりの割合を占めています。見つかった全ての病気で治療が必要とされるわけではありませんが、経過を診る、あるいは、その臓器の専門医に紹介して意見を聴くという方針が選ばれることが多くなりました。
具体的には偶然、早期の肺がんが見つかったとしても、心不全が高度の場合には患者さん、家族と情報をともにしながらどうするかの方針に悩むことがしばしばあります。複数の病気が共存する中で、一方の治療はうまくいっているのに共存する他の病気が、大きく足を引っ張る形となることは、高齢者の病気ではしばしば、みられます。
「高齢」、「加齢」は病気ではありませんが検査、治療など全ての段階で患者さん、医療者の双方で悩みながら判断を進めることが多くなります。
COPD(慢性閉塞肺疾患;肺気腫、慢性気管支炎)は、その典型例です。COPDの治療で、特に重要な領域は、心臓・血管系の病気が併存する場合です。
ここで紹介する論文[1]は、COPDの病気を特に専門とする臨床医グループが、心血管病変を専門とする臨床医に適切な対応を呼びかけているユニークな論文です。
Q. COPDとはどのような病気か?
・国際的な専門医グループで構成されているGOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Pulmonary Disease)では、COPDについて次のような特徴を指摘している。
・肺に多様な病変を認め、それが慢性の呼吸器疾患となっている。主な症状は、息切れ、咳、痰であり、時々、症状の悪化をきたす「増悪」がある。気道の異常である気管支炎、細い気道の炎症である細気管支炎と肺胞が広い範囲で壊れる肺気腫を認める。多くのCOPDでは多種の併存症がある。
Q. COPDの併存症とは何か?
・心血管病変、糖尿病、骨粗しょう症、癌、四肢の筋肉の異常。
・心血管病変は、特に次の二つを含む。1)冠動脈疾患、2)心不全。
Q. COPDの疫学データは?
・国際的な死因の第3位である。世界で毎年300万人が死亡している。2060年までに540万人に増加すると予測される。心血管病変に次ぐ多さである。
Q. COPDの原因は?
・COPDの20-40%は非喫煙者である。
・α1アンチトリプシン欠乏症が遺伝的なCOPDとして知られてきたが、遺伝子の研究が進み、多種の遺伝子が関わる疾患であることが判明してきた。
Q. 年代別の特性は?
・若い世代の成人に多いことが判明してきた。
Q. COPDと心不全の合併は?
・COPDにおける心不全の合併率は20-70%に達する。この他に診断に至っていない心不全の合併例が多い。
・COPDの約40%では左室機能不全がある。
Q. COPDの増悪との関係とは?
・COPDでは増悪を起こしたあと、90日以内に心血管の合併症、脳出血などの血管合併症がみられる。
・息切れがいつもより悪化、咳や色のついた痰が多くなった、1分間当たりの呼吸数がいつもより多い、あるいは脈拍がいつもより多い。増悪時の症状の特徴は14日以内に悪化していること。
・増悪では、呼吸器系の炎症(気管支炎、肺炎など)あるいは全身性の異常が推定されること。
Q.その他の心臓合併症は?
・COPDでは心房細動の合併が多い。
・治療薬では、テオフィリン薬での誘発例が多く、処方薬として投与する場合には、注意を要する。
Q.COPDと心不全の併存で注意すべき点?
・以下の3つの注意が必要である。
患者数が多いこと、予防が可能であること、治療が可能となったこと。
Q. 肺機能検査にもとづく検査の進め方は?
本論文が、もっとも強調しているのが循環器内科の医師に、日常的な診療の中で肺機能検査を的確に実施してほしいこと、その結果に基づいてどのように判断するか、また治療薬をどのように決めていくかを具体的に示したものが図1である。
図1

注)ここで治療薬として記載されているLAMAは吸入薬で抗コリン薬を指す。他方、LABAは、同じく吸入薬でβ2-刺激薬、ICSは吸入ステロイド薬を指す。
FEV1/FVCは肺機能検査により得られる数値でCOPDの診断に至る基本数値となっている。
Q. 心血管病変とCOPDに共通する病変は?
1.高血圧
・COPDとの併存が多い。日常的に高血圧で服薬している場合にはふだんから厳重にコントロールしておくことが大切である。
2.心不全
・COPDと心不全の共存例は、20-70%に達している。しかも、毎年、3-4%ずつ頻度が高くなってきている。
・COPDの増悪で心不全が悪化し、血中の二酸化炭素の値が上昇し、集中治療室で人工呼吸器を装着する例が多い。
・COPDにみられる心不全は、通常の左室不全に加え、肺の機能低下の影響による右心不全となることがあり、治療が難しくなることが多い。
・心不全の治療薬としてβ-受容体阻害薬が投薬されることがあるが、これが逆にCOPDを悪化することが知られている。安全性の高い、選択的なβ-受容体阻害薬を選ぶことが重要である。特に高齢者の治療では注意が必要である。
3.虚血性心疾患
・COPDの増悪では全身性の炎症が促進された状態であり、心不全と呼吸不全の両者が悪化した状態となることが多い。
・COPD増悪から90日以内は心筋梗塞、脳出血、狭心症のリスクが高い。
4.不整脈
・肺機能検査で1秒量が低下している場合には、心房細動を起こす頻度が高い。
5.細い動脈の病変
・下肢の動脈は、喫煙歴があるCOPDでは動脈硬化が進み、閉塞性動脈硬化症となることがあるが、COPDの増悪時に病変が進むことがある。
6.手術治療が必要な場合
・COPDでは経過中に胃がんなど他の臓器の病変を合併することが少なくない。手術のリスクとなるのは、喫煙習慣、栄養状態悪化など全身状態が悪い場合、高齢者、肥満者、COPDが重症の場合などである。
Q. 結論として
・COPDは、全貌を把握するのが難しい疾患であり、ときに「群盲象を撫でる」に陥る危険性がある。
・患者数が多いこと、予防が可能であること、治療が可能となったこと、を呼吸器医と循環器医の双方が理解しておくことが必要である。
・大切なことは、COPDが併存する場合には、心血管病変の治療結果(予後)に大きく関わることである。
・COPDが疑われる場合には、前もって肺機能検査を実施しておき、できるだけ正確な診断に至っておくことが必要である。
・喫煙習慣は、COPDと心血管病変の原因となるので禁煙教育を徹底しておくことが大切である。
COPDは、心血管系を含む全身にさまざまな程度に影響を与える疾患です。増悪を起こしたときに他の臓器の機能が低下する多臓器病変を起こす原因としても重要です。
この論文では、循環器専門医に対し、平時にCOPDが存在するかどうか、を正確に判断しておき、増悪を起こしたときには心血管病変も同時に悪化することがないよう、注意を喚起しています。
この論文はGOLD専門委員から循環器専門医に宛てた論文ですが、私たち呼吸器医に対しても平素から循環器専門医と緊密な連携を保つことの大切さを伝えています。私たちのクリニックで、もっとも医療者間の連携を重視している領域の一つです。
また、この論文の目的からはずれますが、非喫煙者のCOPDでしかも、高齢の患者さんがたくさんいます。わが国では、米国など他の先進国に比べ、COPDの診断率が異常に低いことが問題です。この論文でも強調されているように息切れや咳、痰が喘息や、カゼ症状や気管支炎と診断され、適切なアドバイスがされていない可能性があります。稿を改めて最近の見解を紹介していきます。「快適に長生きする時間」こそ、医療の目的と考えたいからです。
参考文献:
1.Agusti A. et al. GOLD COPD Document 2023; a brief update for proacting cardiologists. Clinical Research in Cardiology. 2024; 113: 195-204.
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