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No.292 患者さん、家族、臨床医が解決したいと願う「息切れ対策」研究のトップ10の項目

2025年2月17日


  人間を苦しめる病気は、呼吸器領域だけでも極めて多く知られています。毎日、悩みながら生活している人にとって、一日も早く問題点を解決してほしい、と願うのは当然のことでしょう。また、苦しんでいる人を毎日、看病している家族や、介護職や看護師、医師たちも新しい治療法の開発を願っています。

 英国には、ある疾患について、新しい治療法の開発の方向性について患者さん、家族、臨床医たちがそれぞれに意見を交換し合うNPOとして、James Lind Allianceがあります。

「James Lind Alliance: priority setting partnership」と呼ばれる組織は、英国の公的機関NIHの資金援助を受けながら日常的にみられる多くの疾患の解決を求めて提言してきました。

Top 10は、James Lind Allianceとして将来、家族や、介護職や看護師、臨床医ができるだけ早いうちの解決策を願っている項目を箇条書きにまとめた提言です。


英国の医学雑誌、Lancet Respiratory Diseaseは、James Lind Allianceよる「息切れ」の解決策、Top 10項目の提言を行っています[1]。




Q. 息切れに伴う問題点は何か?


・原因となる慢性呼吸器疾患は幼少時から高齢者に至る全世代にわたる苦しみである。


・この理由は、高齢人口の増加、複数の慢性疾患をもつ多重疾患に加え、新型コロナ感染症(COVID-19)の流行がある。

注)COVID-19の後遺症として息切れが長期にわたり持続することが指摘されている。 Long Covidと呼ばれている。


・息切れは、思うように働くことができないという社会的な困窮の原因となり、それには住んでいる環境因子も関係する。すなわち貧困が健康の不均等を起こす原因ともなっている。現在、援助が必要な人に対する的確なサポートとなっていないことがあり、このグループでの早期死亡の原因となっている。


・慢性の息切れは、生活の質(QOL)を低下させ、家族、友人関係、ケアの担当者へも大きな負担を与える。


・医療費は高額となる。


・病院への救急受診の20%以上を占める原因となっている。


・社会全体に対するコスト増の原因である。


・歴史的に、呼吸器専門医は息切れについての診断を厳密に行おうとするが、その解決策については熱心さが乏しいという指摘がある。息切れは痛み対策(pain control)と同等と考えるべきである。


・治療効果について、いわゆる科学的なエビデンスとして発表されているデータが少ない。


・行政サイドへの訴えが少なく、したがって息切れの研究費の提供が少ない。




Q. 「息切れ」Top10をどのように決めたか?


・「息切れの研究」がどのように興味を持たれているかの調査を、一般市民、看護師などケア担当者、臨床医などを対象として2023/05より2024/05までアンケート調査を実施。関連する2,673項目を最初に選択、さらに別のグループからの回答を得た。その内訳は、患者1,269名、ケア担当者29名、臨床医など141名。さらに2024/9/25に最終的な代表者22名によるワークショップを開催し、この作業を、反復し、James Lind Alliance で公表するに至った。すなわち、James Lind Allianceが発表した息切れの研究項目は、いくつかの段階を経た多くの人たちの希望である。




Q. 合意に達した期待される研究領域は?


「息切れの対策」について、将来の研究領域、疾患の予防法、異なる要求に対するサポート体制、症状を中心とした診断法、医療者のトレーニング法、必要な医療サービスの内容、日々の生活のサポート体制の在り方、などについての研究を深化させることが求められている。




Q. 息切れのTop 10は何か?


以下にTop 10の各項目を列記する(各項目は問いかけの疑問符付きの文章になっている)。


1.医療側に求める項目として、どのようにして救急医療および慢性期において、正確な診断、治療と患者をサポートする体制を整備していくべきか?


2.息切れを持ちながら人種の違いや社会的な背景が異なることで対応策を学ぶことが困難な人、身体障害をもっている人たちをどのようにサポートしていけばよいか?


3.薬を用いないで息切れを治療する方法として、呼吸法の訓練、運動、歌唱などが息切れの改善にどのように役立つか、どのように方法を教えていくか?


4.息切れがある人たちをどのようにサポートすれば症状の緩和が得られるか?


5.息切れの患者を診たとき、医療者が診断と治療法にいかに正確に、早く、費用対効果を考えて行動できるか?


6.息切れをもつ患者が援助を求めるとき、いつ、どのような対応をすべきか?


7.医療者が息切れを持つ患者に関わる際、その原因に関わらず、どのように関わりをもつか?


8.息切れがあるときの不安、恐怖、パニックをどのように対処していくか?


9.どのようにして息切れが次第に悪化していくことを予防し、改善していくか?


10. 複数の問題を抱え息切れが強い患者の症状をどのように改善していくか?



 

 多くの呼吸器疾患の中で息切れは、共通した症状の一つで、解決が難しい症状の一つです。背景には多様な疾患と、的確な重症度の表現が困難であるという事情があります。表現力も幼児期、青年期、老年者では息切れを表現する言葉は必ずしも同じではないということもあります。つまるところ、個人的な苦しみである息切れを正確に把握するには、かなりの熟練度が必要となります。COPDでは、肺機能検査などで確認すると、気道閉塞をかなりの程度に改善している結果が得られているのに、患者さんの訴えは必ずしも効果に一致したものではありません。ヒトの痛みは分からない、と言われますが人の息切れも同じく、分かりにくい訴えです。


息切れの解決は、COPDの臨床研究でもっとも優先されるべき課題と思われます。薬物治療と並び大切なことは、非薬物治療ですが、私は非薬物治療の全体を「包括的呼吸リハビリテーション」と呼んでいます[2]。呼吸器医だけでは、解決できる問題ではなく、当時よりさらに多職種が介入することになった現在においても「包括的呼吸リハビリテーション」は、COPDの基本的な治療方針であると考えています。


息切れのTop 10は、結局のところ、苦しんでいる患者さんの言葉をその身になって理解し、その上で、対応策を考えることの大切さを示しています。「とにかく患者さんの訴えを、十分に聴く」。これこそが治療開始の原点であり、ゴールであると感じています。




参考文献:

1.     Evans RA. et al. Top ten research priorities for breadlessness research: UK James Lind Alliance priority setting partnership.

Lancet Respir Med 2025; 13: e1-e2.


2.     息切れを克服しよう:患者さんのための包括的呼吸リハビリテーション。

木田厚瑞著、メディカルレビュー社、2007年。


※無断転載禁止

 
 

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