2025年2月19日
新型コロナウィルス感染症(Covid-19)の流行により全世界で多くの犠牲者が出ました。わが国では、厚労省が発表している人口動態統計は令和6年3月までの毎月の死亡者数のデータを発表していますが、令和2年4月から令和5年11月までの期間で、最も死亡者が多かった令和4年1月は、死亡診断書による調査では1か月間だけで全国で総死亡者数は約3万4,000人という膨大な人数です。月別では1月が突出しており、インフルエンザの流行と同じように多くの高齢者が犠牲になった理由が推測されます。
Covid-19の急性期を乗り越えても治癒後になお、後遺症に悩まれ続けている人が多いことが判明しています。死亡者数が莫大であった米国でも同じ状況です。後遺症で悩む人たちの対策には、まず正確な実態調査が必要です。しかし、調査を開始するには、「Covid-19後の後遺症」の定義が重要な出発点となります。後述のように、その症状は極めて多彩であり、しかも、Covid-19の感染症状がないまま治癒した不顕性感染があり、その場合でも後遺症を認めることがあるからです。また、血液検査など正確な診断の決め手となるバイオマーカーが確立されていないことも問題です。後遺症に悩む人の中には就業が不可能となり、日常生活で困難さを抱えていることも多く、新たな社会問題として注目されます。
全米科学アカデミー(NASEM)は、1863年、当時の米国大統領リンカーンによって立ち上げられた政府機関ですが、議会の公認機関であり独立した機関として運営されています。NASEMの要請による専門委員会が検討を加え、「Covid-19後の後遺症」として報告した論文があります[1]。Covid-19 に関する研究論文は、現在、膨大な数に達しています。ある専門研究者は、毎日、200編の論文を読んでも読み切れないと嘆くほどの莫大な量に達しています。NASEMが、現状を正確に把握するためまず、定義とその内容について発表した意図がここにあります。まだ、全貌がつかみきれていない新型コロナ後遺症の公式見解にあたると思えます。
Q. NASEMが定義を決めるために決めた5つの基準とは?
標準化されたガイドラインがなかったので定義を決めるための5つの基準を決めた。
1)Covid-19後遺症の診断の正確性とその精度。
2)どのような経過の人たちをCovid-19後遺症とするか、の適用の範囲。
3)影響を受けるCovid-19後遺症をもつ当事者が受容してくれるか。
4)その人たちとどのようにして接点をもつか、その人たちが理解してくれるかどうか。
5)健康の公平性という立場での潜在的な影響と意図しない結果を生み出す利益とリスクのバランス。
Q. 定義を決めるプロセスは?
・まず、「Covid-19後遺症」の定義を決めるにあたって前段階として、患者との関わりと学際的な対話が必要であり、新しい定義の望ましい透明性、正確性、関連性、有用性、受容性を達するための合意が重要であると決定した。
・フォーカスグループ、アンケート、パブリックコメントの集約、2日間のシンポジウムの開催を含むいくつかの公開会議を開催した。これらの活動に参加したのは、患者と介護者、公衆衛生と医療専門家、研究者、政策と擁護の専門家、保険者、医療ビジネスの専門家、一般市民など1,300人以上が参加した。
・定義を決定するまでのプロセスは、公開レポート「What We Heard: Engagement Report on the Working Definition for Long Covid」として公開されている [2]。
Q. 「Covid-19後遺症」の正式な呼び名は?
・患者向けの造語として広く一般に使われてきた、「ロング・コビット(Long Covid)」を正式名称とする。従来、用いられてきたコビットの急性後遺症(PASC)は曖昧であり、採用しない。
Q. 「ロング・コビット」の定義は?
・以下のような3部構成の定義を作った。
1)新型コロナウィルス感染後に発生する感染症関連の慢性疾患
2)1つ以上の臓器系に影響を与える継続的、再発、寛解的、または進行性の病状
3)少なくとも3ヶ月間、これらの症状を認める状態
Q. ロング・コビットの症状は?
・息切れ、咳、持続的な倦怠感、運動後の倦怠感、集中力の低下、記憶の変化、再発性の頭痛、立ちくらみ、速い心拍数、睡眠障害、味覚や嗅覚の異常、膨満感、便秘、下痢
などの単一または複数の症状。
・間質性肺疾患および低酸素血症、心血管疾患および不整脈、認知障害、気分障害、不安神経症、片頭痛、脳卒中、血栓、慢性腎臓病、起立性頻脈症候群およびその他の形態の自律神経失調症、筋肉痛。筋痛性脳脊髄炎-慢性疲労症候群、マスト細胞活性化症候群、線維筋痛症、結合組織疾患、高脂血症、糖尿病、自己免疫疾患など、単一または複数の診断可能な状態、紅斑性狼瘡、関節リウマチ、シェーグレン症候群など。
Q. ロング・コビットの重要な特徴は?
・無症候性(症状がない場合)、軽度、または重度のCovid-19感染に続いて起こる可能性がある。また、過去に同じ感染がある場合(再感染)とない場合がありうる。
・急性Covid-19感染時から継続している場合もあれば、急性感染から完全に回復しているように見えた後、数週間または数か月の発症が遅れている場合もある。
・健康、障害、社会経済的地位、年齢、性別、人種、民族グループ、または地理的な場所に関係なく、子供と大人で同じように発症の可能性がある。
・すでに他の疾患がある場合には健康状態を悪化させたり、新しい症状として現れたりする可能性がある。
・軽度から重度までさまざまで、数か月で解決することもあれば、数か月または数年続くこともある。
Q. ロング・コビットをどのように診断するか?
・症状を中心とした臨床的な理由で診断することができる。現在、利用可能なバイオマーカー(血液検査など)で、この診断を決定的にするものはない。
Q. ロング・コビットの社会的な問題点は?
・患者の仕事、学校への通学、家族の世話、自分自身のケアをする能力が損なわれ、患者、その家族、介護者に深刻な感情的および身体的影響を与える可能性がある。
Q. すでに基礎疾患がある人のロング・コビットの影響は?
・アリゾナ州で行われたCovid-19の縦断的コホート研究では、研究者らは、基礎疾患が長期のCovidのリスク増加と関連していることを報告した(調整オッズ比、3.78、95%信頼区間、-1.31~10.91)。
・新たに発症する免疫調節不全は、ロング・コビッドの一部としても発生する可能性がある。ドイツ、台湾、英国で実施された3つの大規模コホート研究では、200万人のCovid-19患者と680万人の対照患者を比較した研究では、関節リウマチ、シェーグレン症候群、全身性紅斑性狼瘡、炎症性腸疾患、糖尿病などを含む自己免疫疾患が、対照群よりもCovid-19に感染した患者で発症する可能性が高いことを発見した( 調整されたハザード比は約1.5から3.0)。
Q. 疾患の正式な名称を定めるにあたって留意した点はなにか?
・急性感染症ではないこと。症状の持続期間。その経過と臨床的な特徴。罹患した人たちに対する差別が生じない公平性への注目。機能障害を重視する。他の診断可能な状態との鑑別。診断の根拠となる検査項目(バイオマーカー)の有無。発症のリスクとなる因子の有無。
Q. ロング・コビットの定義の問題点は?
・診断は症状に頼っている。その症状から可能性を推定することになる限界性がある。特に、3か月の疾患の閾値は、初期の症状を持つ患者では慎重な評価と治療を必要とするため、早期の症状を無視すべきではない。
・臨床医の経験と判断、および患者の症状の他の原因の慎重な検討に依存することを強調している。
Q. 注意点は?
・危険因子には、女性が重症化しやすいこと、繰り返しの感染、より重症な感染などがある。
・ロング・コビッドは、さまざまな形で現れる可能性がある。ロング・コビッドの可能性のある兆候、症状、診断可能な状態を完全に列挙すると、何百ものエントリーが入ることになる。
・あらゆる臓器系が関与する可能性があり、患者は以下の症状を呈する可能性がある。
息切れ、咳、持続的な倦怠感、運動後の倦怠感、集中力の低下、記憶の変化、再発性の頭痛。
Q. 委員会が明確にしたLong Covidの状態は?
全体をまとめたものが以下の図である。
1)感染の状況
2)一般的な症状(軽症から重症まで)
3)感染前にあった病状の悪化、あるいは新しく生じたこと
4)重要な事項
全体を分かり易く図示化したものが図1である(一部修正)。
図1


Q. 委員会がまとめたLong Covidの重要事項とは?

NASEMにより進めたロング・コビットの定義は、これまで提案されてきた定義を一本化し、診療のレベルを向上しようとするものです。
NASEMが診断の参考事項としてまとめている項目を見ると、これに合致した治療方針はどれを取り上げても難問です。例えば、中高年で認知症がみられ、ロング・コビットの可能性があるとしても、認知症そのものの診断も治療法も確立しているとは言えません。呼吸器領域をとってみても間質性肺炎には、多彩な病像があり、多くの領域にまたがる問題として診断も治療も確定しているとはいえません。間質性肺炎の結果として生ずる低酸素血症の解決のため、現行の在宅酸素療法がすぐに適応となるとは思えません。また、ロング・コビットの症状や病態が膠原病と分類されている紅斑性狼瘡や、関節リウマチと類似しているとしても膨大な患者数の継続治療を膠原病科だけで解決できるとは思えません。ロング・コビットの中には出ていませんが、今後の数年の経過の中でさまざまな臓器での発癌を伴うことが多くなる可能性があります。ロング・コビットを踏まえた、新しい検診体制が求められます。
重要事項として挙げられている「社会活動ができない」という問題点は、わが国でも医療と社会生活の間にある問題点ですが、あまり取り上げられているとは思えません。例えば、働きながら癌の治療を受けている人に対して社会ができるだけ協力していこう、とする姿勢とは明らかに異なっています。人知れず、解決が容易でない症状に悩みながら生活している人たちがいることは忘れられてはなりません。
注目すべき点は、このような「疾患の定義」を決める方法は過去になかったことです。これまでは、患者さんからの意見はほとんど素通りして専門家グループ内での議論で進められてきました。Covidという呼び名も、ネットにより、多くの人たちが使うようになり後から決まった病名です。コラム292で取り上げたように、息切れというテーマを解決するために患者代表や多職種の医療者が、できるだけ多くの人の意見が反映されるような形で問題点の解決目標がきめられました。
多くの人が犠牲になったCovid-19の感染がきっかけとなり、医療者側にも大きな意識改革が求められるようになってきたことは確かです。