2025年3月5日
兼好法師(1283年~1352年ごろ)は、冬の寒冷には耐えられても猛暑の夏は耐え難いので住まいの建築は夏を考えて作りなさい、と述べています(徒然草55段)。当時でも家屋構造から日本の夏の暑さは苦になるほどでした。現在、地球全体の平均表面温度は産業革命前と比較してゆっくり上昇していると言われます。温暖化は地球規模で進行しています。温暖化に伴い問題となるのが健康面への大きな影響です。しかし、これまで医療面への調査は大まかであり、死亡率上昇のみが指摘され、その詳細は不明でした。外界の影響を直接受ける呼吸器疾患は、気象の悪化に強く影響されます。気象と呼吸器疾患の関係では特に、肺炎や喘息が取り上げられてきましたが、実際は、高齢者の呼吸器疾患の全般にわたり悪影響が避けがたいことが判明しました。
ここでは、最初に温暖化と健康障害の概略を述べ[1]、次いで呼吸器疾患との関連性を調査した論文[2]を紹介します。呼吸器疾患の重症度を緊急の入院治療が必要な場合について調査しています。
両論文は、気候変動によってもたらされる健康への広範な脅威に対する行動を促しています。
Q. 温暖化に伴う健康被害とは何か?
・地球温暖化が急速に進み健康被害が警告されている。
・地球全体の平均表面温度は産業革命前と比較して約1℃上昇。1970年代から発生している。
・二酸化炭素は主要な温室効果ガスとして知られる。大気中濃度は、産業革命前は約280ppmであったが、現在、約410ppmに上昇している。二酸化炭素は何世紀にもわたり大気中に存在し、約20%が1000年以上にわたり残留する。メタンやカーボンブラックなどの他の短寿命の気候汚染物質も温暖化の一因であり、メタンの場合は対流圏オゾン形成の一因となっている。
・10年あたり0.2℃(推定範囲0.1~0.3℃)で上昇。現在の温暖化率が持続すれば30年以内に1.5℃の気温上昇が起こる。
・暖かい空気はより多くの水分を保持することができるので気温の上昇は、降水パターンの変化と関連する。水資源管理をしなければ今世紀末までに長期にわたる干ばつがますます起こりやすくなる。
・気候変動で大気中の湿度が減少し、山火事のリスクが高くなる。実際、世界の各地で山火事が多発している。
・WHO(世界保健機構) は、2030年から2050年の間に年間約25万人が死亡する原因として気候変動に関連した高齢者の熱曝露の増加、下痢性疾患、マラリア、デング熱、沿岸洪水、小児期の発育阻害の増加を起こす可能性があると警告している。
・気候変動に関連して海面上昇を起こす地域があり居住が困難となる地域がある。世界銀行は、気候変動に関わる強靭な対策が実施されなければ2030年までに1億人以上を極度の貧困に追い込むと警告している。産業別では、高温下での農業がもっとも被害を受ける。
・健康維持のために必要な水、食料品の安定確保が困難となる。
・二酸化炭素レベルと短寿命の気候汚染物質排出(メタン、ブラックカーボン、ハイドロフルオロカーボンを含む)の急速な削減対策が必要であるが、経済の脱炭素化のコストがかかるという点で実施が遅れている。
・大気汚染、家庭内汚染が原因の早期死亡は、年間約650万人と推定されている。
現在、微小粒子状大気汚染により年間約900万人、オゾンに関連では100万人以上の死亡者と推定されている。
・クリーンでゼロカーボンなエネルギーへの普遍的なアクセスを提供するような将来的な戦略が必要。
・2030年までにクリーンエネルギー政策が軌道にのれば粒子状物質とオゾンレベルを大幅に削減できると予想されている。その結果、約175,000人の早期死亡を防ぐことができる。
・天然ガスは石炭よりも二酸化炭素と微粒子の排出量が少ないが、メタン漏れが起こり温暖化と対流圏のオゾンの原因となる。
Q. 米国における温暖化に伴う呼吸器疾患死亡の調査結果は?
・極端な暑さは高齢者の死亡原因として知られている。米国内の都市や街では呼吸器疾患の罹患率との関連は知られていない。
・2000年から2017年の間に、温暖化の影響で米国の120大都市に住む、65歳以上の高齢者でメディケア受給者の約320万人の呼吸器疾患による入院、死亡との関連を調べた。年齢は65歳~114歳。
米国海洋大気庁の国立環境情報センターが地域ごとに管理する気象データを利用。対象の調査は、性別、年齢層別(65~74歳、75~84歳、85歳以上)。
「暑さ指数」との関連を調べた。「暑さ指数」は、気温、湿度、輻射熱、風速の4条件で決まる。これらの指数による暑さ指数との関連を調べた。
・気温変化の幅は0.1~42.6℃の幅。地域差が極めて大きい。
・呼吸器疾患のある高齢者が入院となる受診は、猛暑から数日かかる「ラグ効果」は最大7日間と判明した。
・呼吸不全を含む肺炎、間質性肺炎では高温により入院が17.3%増加した。
・高温が7日間続くと全原因呼吸器疾患による入院は1.2%増加した。これは、主に肺炎1.8%であり、慢性呼吸器疾患および呼吸不全の悪化1.2%であった。
・85歳以上の高齢者のリスクは、この基準よりも高くなる。貧困者ではリスクが高くなった。エアコンなどによる室内の温度管理が難しいためである。
・今世紀半ばまでに65歳以上の熱関連死亡率が3.7倍に増加すると予測されている。高齢者では暑さと超過死亡が関連している。
・COPD、 喘息、肺炎についてはこれまでも報告があったが、本研究では、間質性肺炎、胸水など従来、高熱との関連が注目されていなかった呼吸器疾患全般ともかかわることが判明した。
・高齢者は、体温調節、蒸発熱損失に生理学的にもっとも弱者である。さらに運動障害、心不全、腎障害など体液バランスに影響を与え、血行動態調節と相互作用を起こす利尿剤などを服用していることが多い。
・高齢者は肺機能では、高温で換気量の増加を起こす。都市部のヒートアイランド現象に対し弱者である。都市環境の保温性、発熱特性(熱を閉じこめる建築構成、多様な発熱源、樹木の減少、蒸発散量の減少)により農村部より都市部の気温が高くなる。
Q. 温暖化による健康リスクにどう向かい合うか?
・医療従事者は、気候変動への対応において主導的な役割を担っている。気候変動の健康リスクを軽減するために効果的な適応を開発するための医療システムの支援や医療者間の部門横断的な協力が必要である。
地球温暖化に伴う健康リスクでは、従来は、死亡率の上昇が指摘され、疾患を細部に分けての解析は難しさがありました。論文[2]では、高齢者の呼吸器疾患全般が対象とされるべきことが判明しました。
また、高気温となってからのラグ効果の指摘は重要です。1週間内に高齢の呼吸器疾患をもつ患者さんが悪化し、入院が必要な事態に陥る可能性が高いからです。実際、真夏と真冬は、多くの病院が満床となり入院困難となります。肺炎は真冬だけではなく真夏にも多くなることを指摘していることは参考となります。
参考文献:
1.Hines A. et al.
Major health risks associated with climate change.
N Eng J Med 2019; 380: 263-273.
2. O’Lenick CR. et al.
Impact of heat on respiratory hospitalizations among older adults in 120 large U.S. urban areas.
Ann Am Thorac Soc 2025; 22: 367-377.
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