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No.297 有名歌手の二人を苦しめた間質性肺炎

2025年3月10日


 天賦の歌唱力と言われた美空ひばりさん(1937-1989年)が亡くなったのは特発性間質性肺炎の悪化による呼吸不全でした。享年52歳。約4年間の闘病でしたがその間も歌い続け、多くのフアンを魅了しました。ハスキーボイスで知られる八代亜紀さん(1950-2023年)は、皮膚筋炎に伴う間質性肺炎で闘病生活に苦しみながら亡くなられました。享年73歳でした。お二人とも発症の仕方は違いますが強い呼吸困難の原因となる間質性肺炎という難病が共通しています。特にひばりさんの最期は、高度の呼吸困難の中、涙を流しながら歌う公演シーンは今でも時折、再放送されますが聴く方も胸がいっぱいになります。

 

 間質性肺炎は極めて複雑な病気です。厳密にはわが国では日本呼吸器学会から「特発性間質性肺炎2022」として専門医に向けたガイドラインが発行されています[1]。広い範囲にわたる病変は「びまん性」と呼ばれています。肺にびまん性に病変が起こることが特徴の一つです。細菌で起こる肺炎は抗生物質で治療すれば多くは、元の肺の構造に戻りますが間質性肺炎では、組織が変形してしまうことが治療を難しくしています。


 近年の研究では多くの種類の間質性肺疾患(ILD)が知られており、その中心を占めているのが特発性間質性肺炎(IIPs)です。特発性間質性肺炎(IIPs)はさらに9種類に細分類されています[1]。それぞれが原因も異なり、正確な診断が難しく、また、薬物治療による効果が一定しているわけではありません。従って、現在の厳密な病名分類でいえば、美空ひばりさんの病名は、ILDのうちの特発性間質性肺炎(IIPs)であり、さらにその中の、特発性肺線維症に相当し、八代亜紀さんの病名は、ILDのうちの膠原病関連の間質性肺炎、ということになります。


ここでは、最近の総説[2]にもとづき、現在、考えられている「間質性肺炎」を俯瞰的に考えてみます。著者の一人、Cottin は、フランスの間質性肺炎研究の第1人者です。




Q. 間質性肺疾患(ILD)の概略は?


原因は多彩である。発症の仕方、経過などの臨床像は多彩であり、胸部CTの所見は一定ではなく、病理解剖や生検による肺組織の顕微鏡的な病理所見も一定ではなく、治療による反応性、経過も不定である。


・多彩ではあるが共通していることは、病巣に炎症性の細胞がみられ、組織が硬くなる線維化正常な肺胞の壁に認められる特定の細胞が増えている。病変がさまざまな程度に共通して認められ、変化が肺胞の壁の部分にみられるため、まとめて間質性肺疾患(ILD)と呼ばれる。


ILDは、さらに細分化されている。基礎疾患(例えば、関節リウマチに関連する肺線維症)、誘発の原因別、例えば、塵肺(じんぱい)、または原因不明の場合などである。

 



Q. 間質性肺疾患(ILD)はどのくらいの頻度でみられる病気か?


全体として患者数は多い。有病率は、ヨーロッパでは10万人あたり最大76.0例米国では10万人あたり74.3例と推定されている。




Q. なぜ線維化が起こるのか?


・皮膚の傷が治ることを例にとると分かりやすい。傷が安定するにつれ硬くなるのが線維化である。


・ILDの基本的なメカニズムは類似している。有害な刺激反応➡炎症反応を起こし➡次いで線維性反応が連続的、連鎖的に進行していく➡傷が硬く瘢痕として治る(線維性組織のリモデリングと呼ばれる細胞外にある線維成分(マトリックス)が増え、重なってゆき➡次々に硬くなる線維の形成を起こす➡生体の炎症反応は治まるが、肺の働きとして重要な酸素を摂りこみ、二酸化炭素を外に出す、という機能は著しく低下する。症状では、空咳、息切れが強くなる。


・ILDは細分化され、それぞれ、病名が付いているが、具体的にそれぞれ、どのような機能異常が起こるか、その機序や、皮膚の傷にみられるような正常な創傷修復と肺にみられる進行して線維症に至る状態を区別する要因は不明である。


・発症する引き金、起こしやすさ(感受性)、および発症初期の炎症反応は細分化されたILDによって異なるが、現在の仮定では進行した段階ではメカニズムは共通すると考えられている。




Q. 遺伝的な要因の関与は?


・遺伝学的研究により、肺線維症を発症しやすくする(感受性の向上)遺伝子の変異体とまれな変異体の両方が特定されている。


家族性間質性肺炎は一家系に2名以上の間質性肺炎がいる場合が疑われる。


・家族性間質性肺炎は、他の線維性ILDとの間に類似性がある。

例えば、MUC5B遺伝子のプロモーターにおける多型は、気道クリアランスおよび細菌と宿主防御に関与している。


・テロメア短縮およびテロメア関連遺伝子変異(TERTTERCRTEL1、およびPARN)は、特発性間質性肺炎、リウマチ性間質性肺炎などに見られる。




Q. どのようにして診断するか?


・空咳、階段などでの労作性呼吸困難、苦しくて歩けないなど運動制限が主な症状である。症状は進行性で、次第に悪化していく。


・症状に気づかず診断がつくまでには数ヶ月または数年かかることがある。


・有害な環境での曝露、小柴胡湯などの薬物の使用、手指先の変化(太鼓のバチのような指)➡発症までの詳しい病歴が重要である。


・胸部の聴診では、細かいパチパチ音(ベルクロ音とも呼ばれる) が聴かれることが多い。


・手、関節、皮膚の変化から間質性肺炎が疑われることがある。


胸部の高解像度コンピュータ断層撮影(CT)スキャンは、網状化、構造的歪み、および肺容積損失を明らかにすることにより間質性肺炎の診断を確定し、さらに特定の原因を示唆するパターンを特定できる可能性がある。


CT像では、さまざまな程度に網状化とすりガラス状の変化が混在してみられる。中心軸分布、および肺の外側にあたる胸膜下領域に広がる場合がある。

細い気管支が引っ張られることによる牽引性気管支拡張症や、呼気時の胸部CT像が、役立つ場合がある。


肺機能検査は、疾患障害のレベルを評価し、疾患の経過と治療への反応を監視するために最も重要である。肺線維症の患者では、強制肺活量 (FVC)の減少、FVC に対する 1 秒間の強制呼気量(FEV1)の正常または増加、総肺活量の減少、および残留量(RV)の減少、 を示し、一酸化炭素に対する肺の拡散能力(DLCO)が低下することが多い。




Q. どのように進行、改善を判断するか?


・特発性肺線維症(IPF)における疾患の進行の標準的な定義はないがFVCの低下はIPF患者の死亡を予測するため、抗線維化薬の効果判定のための重要な判断基準として使われている。


・進行性線維化性ILD患者における抗線維化療法の有効性を評価した臨床治験では、 患者は、スクリーニング前の24か月以内に疾患の進行に関する以下の基準の少なくとも1つに該当する場合とした。

悪化とは➡経過で予測値の10%以上のFVCの低下、経過でFVCの予測値の5~10%の低下と症状の悪化、または胸部CTでの陰影範囲の増加。ただし、線維症の進行の評価は通常、3~6か月間隔で実施される連続的な肺機能検査に基づいている。FVCの小さな変動は測定誤差によって生ずる可能性があるため、疾患が進行しているかどうかの評価には、症状と運動能力の悪化、画像診断での線維化の増加、一酸化炭素に対する肺の拡散能力の低下、酸素吸入の必要性などで総合的に判断する。




Q. 治療における問題点は?


・多くの患者にとって、肺線維症の診断は人生を変えることになる。しかし、経過の予測(予後)は、不確実であり、症状悪化による身体的な負担の増加は、患者とその家族のQOLに大きな影響を与える。ただし、種類の多い間質性肺炎の中には、治療は、QOLを改善または維持しながら、疾患の改善または疾患の進行を遅らせることを目指すことができる。


・患者に疾患の見通しについての情報を十分に伝え、治療に関する意思決定を共有することが重要である。特に重篤な副作用を伴う可能性はあるが、通常の治療で実施しない適応外治療の選択肢が多数ある。


・外因的な要因でさらなる疾患の進行を引き起こす可能性のある曝露やイベントを防ぐことが重要である。


・慢性過敏性肺炎では予測される有害物質(抗原)を回避と禁煙が優先事項である。


・肺炎球菌とインフルエンザ、新型コロナワクチンの予防接種が推奨される。


・動脈血の高度の低酸素血症がある場合(安静時低酸素血症(動脈酸素分圧[Pao]が<55 mm Hg、パルスオキシメトリーで測定される酸素飽和度<89%、またはPao <60 mm Hg)

➡低酸素血症の結果、多血症となっている場合には在宅酸素療法が必要となることがある。


・息切れが高度で低酸素血症を伴う患者では呼吸リハビリテーションおよび在宅酸素療法によりQOLを向上させ、息切れを減らし、歩行能力を高める。


・併存する疾患の特定と正確な治療が不可欠である。


・肺移植は一部の患者における選択肢となるがわが国では限定されている。肺以外の疾患や間質性肺疾患に伴う併存疾患がある場合には実施が困難なことが多い。


・多くの重症患者にとって、焦点は緩和ケアにある。




Q. 薬物治療の現状と見通しは?


・薬理学的治療に関する決定は、基礎となる診断と疾患の経過による。

IPFの患者には、抗線維化薬(ピルフェニドンまたはニンテダニブ)による治療が推奨される。


・IPF以外の線維化性ILDのほとんどの症例では、グルココルチコイド、免疫抑制療法、またはその両方を使用した免疫調節が示され、炎症による疾患の疑いがある場合、一般的に第一選択療法として使用される。


・確定診断が難しい上に免疫抑制剤の効果が期待できないだけでなく、時には有害でさえあるかもしれないという理論的な懸念がある。




Q. 将来の方向は?


・肺線維症は、複数の原因による複雑な病理学的プロセスである。疾患の進行を細かく監視することは、治療決定を導く上での優先事項である。


・今後数年間で、さまざまな治療の目安となる血液の指標(バイオマーカー)や遺伝子検査などの新しい技術の進歩により個別化された標的治療につながる可能性がある。




 ILDは細分化された分類診断により、理論的な予測と、経験的な治療、新しい治療薬で改善効果が期待される時代に入ろうとしています。

 先に解説した、Cottinらの論文は、2020年の発表です。わが国の呼吸器学会からの間「特発性間質性肺炎2022」のガイドラインはその2年余り後ですが、少しですが考え方の違いや進歩がみられます。複雑になるのでここではあえて触れませんでした。


 現在、複雑な分類にでき上がった間質性肺疾患の原型は、リーボウ(Averill Abraham Liebow:1911-1978年)の努力によるものです。リーボウは、東欧で生まれました。貧困、飢饉、世情の不安定さから、リーボウ一家は1920年にアメリカに移住し、米国で医学教育を受けたのち肺の病理学者として知られるようになります。1968年、彼はカリフォルニア大学サンディエゴ校の病理学の学部長となり、1975年に退職するまで務めました。


 同大学には、現在もリーボウ・ミュージアムがあります。1978年の春、私は、噂で聞いたリーボウ・ミュージアムが見学したくなり、学会の帰路、一人、ロスアンゼルスからレンタカーを利用して、訪問したことがあります。約15,000例の肺の病理標本と、詳細な臨床データは、一人ひとりの担当医と交わした膨大な書簡から成り立っています。その整頓の状態に改めて感銘を受けました。彼の分類は、このようなプロセスを経て完成したのです。未解決な医療のテーマを解決した際の基本的な考え方と思われます。


 さらに、同所を訪れて初めて知ったことは、リーボウは、1945年に原子爆弾が投下された後、病理学者として広島に入った最初の科学者の一人でした。その体験談は、「災害との出会い 広島の医療日記」と「原爆の日本における医学的影響」として報告されています。多くの論文の中に日本人学者と共同研究の日本語の論文もあり、驚きました。

リーボウは1946年1月に米国に戻り、合同委員会の1,300ページに及ぶ報告書の起草に携わり、1946年9月6日に完成しています。シールズ・ウォーレンと共同で書かれたこの報告書は、原子力および放射線病理学のマイルストーンと見なされています。


 リーボウは、その経験を速記で日記に記録していました。これは病理学者として解剖を実施するときに普通に使う手法です。彼の速記録による情報を元に、後に回顧録「災害との遭遇:広島の医療日記、1945年」を出版しています。

 広島での体験について、原爆についての哲学的考察で締めくくっています。

「私たちが考えていたように、そしてその影響を見たとき、そしてそれについて書いたときでさえ、その武器の使用は私たちを嫌悪感で満たしました」。

 現在の、間質性肺炎の研究は、彼の詳細な分類に始まります。分類に関する複雑な論文に接するたびに私はリーボウの努力を思い浮かべます。




参考文献:


1.特発性間質性肺炎:診断と治療の手引き2022.

編集:日本呼吸器学会、びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会

発行:2022年、南江堂。


2.  Wijsenbeck M. and Cottin V. Spectrum of fibrotic lung diseases. N Eng J Med 2020; 3: 958-968.


※無断転載禁止

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