2025年3月22日
肺は解剖学的には外界に直接、解放している内臓です。同じ内臓でも呼吸器系が消化器系と異なるのは、食べ物を選ぶように自分できれいな空気だけを選択して吸うことができないことです。WHO(世界保健機関)によれば屋外の大気汚染により、2019年度に、世界で420万人が死亡したといわれます。
肺にとって有害と思われるものは、実は、日常生活のなかでも多彩にあります。自宅の断熱材、机、棚や壁の塗料、冷暖房システム、家庭内洗浄剤、農薬の使用、給水、水漏れ、壁などの改修工事、食品、化粧品などです。これらに加え、深刻さを増しているのが山火事、暴風雨、洪水などによる集中した環境汚染です。
マイクロプラスティックは、屋内、屋外に共通して肺への被害を及ぼす世界的に共通する差し迫った懸念事項です。マイクロプラスティック繊維の吸入は、工場などで働く人たちに間質性肺炎を起こし、気管支の慢性炎症を悪化させる原因となることが判明しているからです。
ここで紹介する論文[1]は、マイクロプラスティック繊維が肺にどのような影響を及ぼすかについて、動物実験に加え、オルガノイドと呼ばれる実験的な肺、気管支のモデルを作成し、マイクロプラスティック繊維がどのような影響を与えるかにつき、検討したものです。オランダ、英国、ドイツの各研究者の共同研究です。
Q. マイクロプラスティックとは何か?
・5mm以下の微細なプラスティック類のことで、洗顔料、歯磨き粉の製品の一部にも配合されている、と言われる。
・オランダでは2016年までにマイクロビーズの流通・製造・販売が禁止された。フランスでは、2018年以降にマイクロビーズを使用した商品の流通が出来ない仕組みが導入された。日本では法律で禁止されているわけではないが、業界団体による自主規制の動きが進んでいる。
・普通に呼吸する空気中に存在し、肺組織からも発見されている。動物実験では、マイクロプラスティックによる炎症反応や肺の組織学的変化が実証されている。
・職業被ばくに関する研究では、合成繊維に曝された労働者の15~40%に仕事関連の気道疾患と間質性肺疾患を発症することが示されている。
Q. マイクロプラスティックによる汚染の実態は?
・海洋環境、大気、土壌、植物、動物には大量のマイクロプラスティックが見つかっている。
・マイクロプラスティックは、経口摂取、皮膚接触、吸入によって人体に侵入する可能性がある。
・最近の研究では、ヒトの血液中に平均 1.6μg/ml のプラスティックが含まれていることが報告されており、恒常的なヒトへの曝露が確認されている。
・合成繊維は、室内空気中に最も多く含まれるマイクロプラスティックであり、室内の濃度は屋外の25倍である。これらの繊維は通常、ポリエステルまたはナイロンで構成されており、衣服の摩耗や洗濯や乾燥によって環境に放出される 。
・マイクロプラスティックは室内に広く存在しているため、吸入による人体への曝露は避けられない。
・過去の報告では、気管支鏡検査により肺の内部から得られたサンプルには、平均サイズが約2mmの劣化した繊維と断⽚化された繊維の組み合わせが見つかり、この程度の大きさの繊維が下気道に到達できることを示唆している。
・合成繊維、フロック、ポリ塩化ビニル業界の労働者を対象とした研究では工場労働者の最大40% が、仕事に関連した気道疾患および間質性肺疾患を発症することがわかった。
Q. 本論文の目的と方法は?
・目的:吸入可能なマイクロプラスティックが気道の内面を構成する上皮組織の修復メカニズムにどのように影響するかを研究した。
・方法:マウスを用いた動物実験とヒトの肺オルガノイド(器官モデル)、気液界面培養物の3つの実験系を用いた。12x31μmのナイロン6,6と15x52μmのポリエステルを用いた。これらの物質が3つの実験系のそれぞれに、どのような影響を及ぼしているか、を調べた。
Q. 本論文の結論は?
・ナイロンマイクロプラスティック繊維が転写因子Hoxa5 を介して気道上皮分化を阻害 し、肺修復プロセスを妨害することを実証した。ナイロンからのまだ知られていない化学的物質がこれらの影響の原因であることが判明した。
Q. 本研究に関連した問題点は?
・最近の報告によると、人工繊維は室内空気中に存在している。したがって、空気中のマイクロプラスティックの汚染に絶えずさらされている。
・まだ、未確認の物質が肺組織の傷害に関わっている可能性がある。
・家庭内でのさまざまな物質による曝露が私たちの肺に及ぼす影響は不明である。
・しかし、ナイロンとは異なりポリエステルの影響は、はるかに穏やかで、低濃度のポリエステルマイクロプラスティック (50μg/ml) は、ヒトの気道オルガノイドの成長に影響を与えない。
・しかし、ナイロンから浸出する成分は、肺胞オルガノイドよりも気道オルガノイドの成長に、一貫して有害であることが判明している。
・マイクロプラスティックの被害が、一般の家庭内で、合成繊維の折り畳みや洗濯などにより飛散しているという指摘は、環境汚染とは異なる室内汚染のリスクがある。
肺は気管から始まり、2分岐を繰り返しながら気管支、細気管支と次第に細くなっていきます。肺の中で空気が運ばれる道筋は、まとめて「気道」と呼ばれています。気道の内面を覆っている上皮細胞は、ウィルスや、有害なガス体を吸いこむと傷つきますが、そのたびに、局所的な「修理」を繰り返し、正常な機能を保ち続けています。
本論文は、日常生活の中で吸い込んでいるレベルのマイクロプラスティックが気道に有害な影響を与えていることを人工的に作成した肺の小さなモデルや実験動物を使い、証明しています。私たちの身近な生活空間での汚染、すなわち室内汚染として、低濃度レベルのマイクロプラスティックが、気道の上皮細胞の新生に影響を与えることを明らかにしました。現在の家屋は、密閉した空間に近い構造ですが、その中で、洗濯、乾燥、折り畳みなど衣服などの洗濯、片付けの作業中でマイクロプラスティックが放出され、それを吸い込むことにより上皮細胞の再生が障害されていることになります。
さらに、ナイロンから浸出する成分が有害であるという指摘は重要です。家庭の中ではナイロンからなるさまざまなものが、あふれているからです。
上皮細胞の再生作用の傷害は、気管支炎や、喘息、COPDを悪化させるだけでなく癌化につながる可能性があります。本論文では、そこまで言及していませんが、室内汚染の危険性を科学的に証明したという点で注目されます。
参考文献:
1. Son SS.et al
Inhalable textile microplastic fibers impair airway epithelial differentiation
Am J Respir Crit Care Med 2024; 1209: 427–443.
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