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No.301 「難治性の喘息」をさらに難しくしている3つの併存症

2025年3月30日


 喘息は、古い歴史をもつ病名の一つです。明治期に、わが国の医療の歴史をまとめた富士川 游の古典的名著、「日本医学史綱要」(東洋文庫、平凡社、昭和48年再刊)によれば、「喘息」の名称は、中国最古の医学書である「素問」、「霊枢」にすでにみられるといいます。両書は、前漢時代に編集され、762年、唐の時代に再編集されました。東洋では、喘息という病名は、実に1,200年以上の歴史を持つ病名ということになります。


 他方、わが国では、喘息と並び、「あへき」と呼ばれることがありました。しかし、実際には、全ての喘息を「あへき」と一つの病名で表現することは困難であり、江戸時代の享保年間に著された寺島良安の「済生宝」では「喘息」「哮咆」の2種類に分けて区別していました。しかも、「哮咆」には「あいき」の訓をほどこしています。当時の呼吸器疾患を診ていた医家による分類と思われます。咆哮(ほうこう)ではなく哮咆と呼んだのも分かり易さを念頭に既存の病名と区別した努力の跡、と推測されます。強い喘息の発作中は、獣のほえるような呼吸状態となることがあるからです。恐らく、咳こみが続く状態は、喘息で、ヒューヒュー、高度に悪化した増悪の状態は「哮咆」と呼んだのではないか、と想像します。病気の起こり方を区別した当時の医家の深い観察経験によるものでしょう。


 英語では、asthmaと呼ばれています。中世の頃は、ラテン語でasmaと呼ばれていました。これはギリシア語のasthmaに由来すると言われ、いまではasthma は、国際的な共通の呼び名になっています。


 喘息は呼吸器医が診る慢性の病気ではもっとも頻度の高い病気です。米国では、全人口の約7.7%が喘息であり、全世界では約2億6,200万人の患者数と推測されています。


 現在、気管支喘息の治療方針は、GINAと呼ばれる国際的なガイドライン[1]に依っています。GINAによれば、喘息とは「不均一な疾患であり、通常は、気道の慢性炎症を特徴とし、喘鳴、息切れ、胸部のしめつけ感や咳の症状がみられ、長い期間持続し、変動性のある気流制限」と定義されています。江戸時代に「喘息」、「哮咆」と呼ばれるに至った喘息の2型を、現代では必ずしも区別していません。


 最近、喘息の専門雑誌に掲載された論文[2]では、冒頭、「喘息は慢性の呼吸器疾患であり、多くの医学的な併存症により影響をうける」と述べています。併存症の中でも主要な、3つとは、1)胃食道逆流症(GERD)、2)咽喉頭逆流症、3)声帯機能障害および誘導性喉頭閉塞であり、これらが喘息と共存することがあり、喘息をさらに複雑にしているといいます。


 喘息は、肺内の連続的に分岐する気道(気管支、細気管支)の炎症です。喉の部分である咽頭、喉頭も肺に入り込む前のチューブ構造であり、ここにも病変がみられることが喘息を複雑にしています。「哮咆」と呼ばれていた症状は、むしろ、咽頭、喉頭の粘膜に病変が併存した声帯機能障害および誘導性喉頭閉塞の結果ではないか、とも推測されます。


 ここでは論文[2]にもとづき、難治性の喘息の判断をさらに複雑にしている併存症として、胃食道逆流症(GERD)、咽喉頭逆流症、声帯機能障害および誘導性喉頭閉塞が喘息とどのように関わっているかについて、解説します。




Q. 声帯機能障害および誘導性喉頭閉塞とは何か?


・1983年に独立した病名として提言され、2023年、声帯機能障害(VCD)および誘導性喉頭閉塞(ILO)の病名として認知されるようになった。


・VCD/ILOは、一般人口の5-8%に相当するありふれた病態である(一説には15%)。


運動により誘発される。運動時の症状悪化は5-7%という報告がある。


・従来、「心因性の喘鳴」と言われてきた疾患は、小児では、運動誘発性の喘息に相当する可能性がある。




Q. 声帯機能障害および誘導性喉頭閉塞の病態は?


・2017年に発表された研究論文では以下のように報告されている。

 不安感に関連した呼吸運動の異常➡喉頭反射の亢進➡その結果、逆流性食道炎、咽喉頭反射が起こる➡肺機能では1秒量の低下があり、過剰な運動負荷が加わることにより症状が発現する。




Q. 声帯機能障害および誘導性喉頭閉塞の治療法は?


・呼吸困難の症状は急に始まり、急に収まる➡この点は喘息とは異なる。喘息では数時間から数日間症状があるのが通例である。

➡従って、治療法は従来型喘息と区別して考えることが必要である。




Q. 声帯機能障害および誘導性喉頭閉塞が疑われる場合とは?


・吸入ステロイド薬やβ2刺激薬の吸入薬の開始にもかかわらず症状の改善傾向が認められない。


肺機能検査では正常範囲であり、β2刺激薬による負荷試験で改善効果が認められない


ふだんから呼吸パターンの異常、嗄声、会話時の声枯れ、不安感の症状が目立つ。




Q. 声帯機能障害および誘導性喉頭閉塞の治療方針は?


・前傾姿勢で急に息切れを訴え、救急搬送となることが多いので患者の姿勢、様子に気を付ける。


・多くの患者は喘息として治療を継続していることが多いので治療の見直しが必要である。


・客観判定の根拠となるものが乏しく、治療の成否は、医療者の経験度によることが多い。


・長期的には、言語療法士(speech therapist)の対応が望ましい。




Q. 胃食道逆流症(GERD)とは何か?


・米国では全人口の20%が相当する。高齢化とともに増加する。


喘息の30-80%に合併症としてみられる。


胃食道逆流症と喘息の合併は多く、どちらが誘因となっているかが分かりにくい➡胸痛症状、夜間の咳こみ、胸やけ症状、逆流症状、嗄声、嚥下困難などの症状の機序は分かりにくい。


・胃食道逆流症の患者は、ない場合と比較して1.46倍、喘息になりやすい。


・他方、喘息の側からみると1.36倍、胃食道逆流症になりやすい。




Q. 胃食道逆流症(GERD)と喘息の関係は?


・両者の因果関係を説明する論説として、従来、2説としてReflex説と、Reflux説が知られてきた。


Reflex説:胃液が下部気道に吸い込まれる➡知覚神経が刺激され気道が収縮する➡substance Pなどの化学物質の放出➡気道炎症が起こる。


Reflux説:下気道への胃液の微小吸引➡気道の上皮細胞の傷害➡サイトカインの遊離➡慢性気道炎症が起こる➡気道表面の酸化➡NOの産生、好酸球の破壊、気道繊毛運動の傷害➡気道過敏性の亢進、その結果としてピークフロー値が低下する。




Q. 胃食道逆流症 (GERD)と喘息の臨床像は?


・胃食道逆流症 (GERD)➡胸やけ、逆流症状、胸痛、嚥下困難

           ➡食道以外の症状として、慢性の咳、嗄声、吐き気が起こる。




Q. 胃食道逆流症 (GERD)と喘息の治療法は?


・第1選択薬はプロトン・ポンプ阻害薬(PPI)であり、3-6カ月間服薬する。効果がみられなければ診断内容を再検討する。治療効果は明らかであるが、喘息の治療効果を検証したエビデンスはない。


漫然とした長期治療では、骨粗鬆症の悪化を起こすことがあり、骨折原因となりうる。

➡PPIが骨芽細胞などに直接作用するため。


・薬物治療と並行して日常生活の修正が必要である。

➡刺激物の摂取を控える。体重減量を計画。禁煙。就寝時に枕を高くするなど。




Q. 咽頭喉頭逆流症 (LPR)の臨床像は?


・胃の内容物が咽頭、喉頭に逆流することにより生ずる。これは、従来型の胃食道逆流症とは異なる機序である。


LPRは、上部食道の狭窄筋の機能異常であり、GERDは、下部食道の狭窄筋の機能異常であり両者は異なる。この他に食道逆流症を起こす少量胃液逆流症説があるが今後の検証が必要である。




Q. VCD/ILO, GERD, LPRの比較は?


・喘息患者での頻度は、VCD/ILOは0-50%, GERDは30-80%, LPRは11-75%である。


・症状の違いは、VCD/ILOでは、呼吸困難、喘鳴が多く、GERDでは胸やけ, LPRでは嗄声、嚥下困難、咳、後鼻漏、喘鳴、が多い。


・治療では、VCD/ILOではCPAP治療、言語療法士の対応, GERDでは生活習慣の改善、抗酸化薬など、 LPRでは禁酒、禁煙、体重減少、就寝近くの飲食禁止など生活習慣の改善、PPI, H2受容体阻害薬など。

 

 


 呼吸、摂食という生命維持の根源に関わる解剖学的な構造は複雑です。上部気道から下部気道のルートは、咽頭、喉頭から気管、気管支、細気管支へと続く構造ですが、始まりの部分では、胃に続く食道との別れ道になっています。これに関わる医療は、一人の患者さんを前に呼吸器科医、耳鼻咽喉科医、消化器内科医と分担が分かれています。この論文では、わが国では、まだ広く知られていない言語療法士(speech therapist)の役割を強調しています。

 ここで紹介した論文は、喘息という極めて頻度の高い疾患に対する診療におけるアプローチの難しさを解説した論文です。どの部分が主な病変の原因となっているかを区別して診ていくことになりますが、検査を実施して区分できることは少なく、話を聴いて、該当する診断を推定し、効果が期待できる薬を使って経過を診ると、いうことになります。医師の経験に拠るとの記載は、江戸時代からの問題点がなお、解決していないことを示唆します。喘息という極めて古い歴史をもつ疾患の治療対策は進んでいるようですが、まだ手探り感の部分が少なくない、ということでしょう。ここで紹介した論文は、米国、オーストラリアの専門医師たちによる総説ですが複雑でまとめにくい問題点の要点を記載しています。

VCD/ILOについてはコラムNo.92もご覧ください。

 なお、GINAのほか、わが国には、日本呼吸器学会が2023年に発行している、「難治性喘息診断と治療の手引き(第2版)があります。ここでは、紹介した論文の記載内容にとどまっていることをお断りしておきます。

 



参考文献:

 

1.2024 Global strategy for asthma management and prevention. Updated 2024, 2024 Global Initiative for Asthma.


2.Amy A. Eapen AA. et al. Gastroesophageal reflux disease, laryngopharyngeal reflux, and vocal cord dysfunction/inducible laryngeal obstruction—overlapping conditions that affect asthma.

J Allergy Clin Immunol 2024;154: 1369-77.


※無断転載禁止

 

 

 

 
 

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