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No.305 睡眠時無呼吸症候群のCPAP治療は脳の構造と機能を改善させる

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 4月28日
  • 読了時間: 6分

2025年4月28日


  「閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)」は、典型的には、中高年で肥満気味、睡眠中に大きないびきをかき、しかも呼吸がときどき停止し、熟睡できず、日中に居眠りを繰り返すことが特徴的です。OSAは、呼吸器の病気でありながら、心臓や脳の病変を合併しやすいことが注目されています。特に、脳では大脳の皮質が、薄くなってくることが報告されています。


 ここで紹介する論文[1]は、重症のOSAでCPAP治療を開始したところ、大脳の病変を改善するのに役立ったことを証明した論文です。証明に不十分なところがみられますが、中高年の男性を対象にして、中等症以上のOSAの人に実施されたCPAP治療により開始から半年後に大脳皮質の厚さが回復した、という治療効果を構造と機能につき検証したところがユニークです。




Q. 脳の感情体験や出来事の記憶評価の機序は?


感情の体験は、脳の前頭葉、側頭葉、頭頂葉にまたがる交差機能によるデフォルトモード・ネットワーク(DMN)により行われている。時間を超えた出来事の記憶(エピソード記憶)と感情体験を結びつける重要な働きを行っている。


・安静時においても血流を受けるこれらの交点(ノード)は、同時にさまざまな神経作用を引き起こす神経発火点となっている。すなわち、機能的な連結作用として働いている。




Q. 認知機能評価の新しい検査方法は?


・脳の内部に生じた微細な変化は近年、新しく使われるようになってきた機能PET検査により画像として観察し、「働き」を画像化する評価が可能となった。アルツハイマー病  (AD) の診断では、アミロイド老人斑の主成分)、 リン酸化タウ  (神経原線維変化の主成分)の血液学的診断と画像バイオマーカーによる神経変性の評価を組み合わせにより診断が可能である。


・アルツハイマー病 では、脳組織にアミロイド やリン酸化タウ などのバイオマーカー蓄積し、DMN接続性が低下し、その結果、神経変性が促進される。脳活動が低いと、DMN内でのアミロイドβ が早期沈着に寄与し、ネットワーク接続を阻害する可能性がある 。




Q. CPAP効果をどのように証明した論文か?


目的:CPAP治療が脳の構造上の接続性、構造、機能に及ぼす影響を評価した。


・中国、上海の大学付属病院を含む5つの第3次医療機関による多施設共同、非盲検、並ランダム化比較試験。


対象は、新たにOSAと診断され認知機能が正常な男性。年齢30~65歳。無呼吸低呼吸指数(低呼吸は酸素ヘモグロビン飽和度の3%以上の低下または1時間あたり15回を超える無呼吸イベントがある患者。

5つの病院から集められた無呼吸低呼吸指数(AHI3A)が15回/時を超える148名の参加者を2群に分け、通常の支持療法(BSC)とCPAP群併用群とBSC単独群の2群に無作為に分けた。左利きの人は除外した。


・主要評価項目は試験開始から6ヶ月時点でのモントリオール認知評価(MoCA)スコア

副次評価項目には開始後、3、6、12ヶ月時点で構造MRIにより評価したDMNのネットワーク内FCと皮質厚の測定を実施した。


結果:6ヶ月時点でCPAP群とBSC群の間でMoCAスコアに有意差なし。

6ヶ月時点でCPAP群とBSC群の間でDMNのFCと⽪質厚に有意差が認められ、OSA介入により認知機能が正常な患者の脳の構造と機能が改善される可能性があることが示唆された。特に左半球において顕著であったことを観察した。


図 CPAP治療によるデフォルトモードネットワーク(DMN)のネットワーク内機能的結合性(FC)と大脳皮質の厚さの改善経過を示す


出典:文献1を一部修正
出典:文献1を一部修正

 安静時血中酸素量依存性機能的磁気共鳴画像法(fMRI)および構造的磁気共鳴画像法(sMRI)によって評価した。


(図A)12ヶ月間の各フォローアップ受診における中前頭回、楔前部、中側頭回におけるネットワーク内FC のDMNの変化。


(図B)12ヶ月間の各フォローアップ受診における左半球後帯状回、島皮質、舌回における皮質厚。皮質厚の単位はミリメートルである。DMNのFCは、ネットワークの時系列における全脳ボクセルと独立成分分析成分との間の平均相関強度を計算することによって得られる。


 値が大きいほど機能的結合が強いことを意味し、値が小さいほど機能的結合が弱いことを意味する。BSC = CPAPなしで最善の支持療法、CI = 信頼区間、 CPAP-BSC = 持続的気道陽圧法+最善の支持療法。




Q.  本研究の問題点は?


 本研究では、中等度以上の重症度のOSAに対し、CPAP治療を実施した結果、大脳皮質の厚さが回復したことを証明したものである。論文の仮説とその証明方法と結論は、斬新であり、評価されるが方法論でいくつかの問題点が指摘される[2]。


・認知評価の主要なエンドポイントが質問票によるMoCAであったがそれ以外の評価方法を検討する必要がある。


・CPAP  療法の実施によるDMN接続性は効果があるように思われるがMoCAでは捕捉されない創造性や記憶形式  (例、自伝的記憶)に役立つ可能性がある。しかし、皮質容積と同様に、これが確立された記憶の劣化を防ぐかどうかは、ADリスクが高い高齢者ではより長い期間を要する可能性がある。すなわち、観察期間が短すぎるのではないか、という疑問がある。


・灰白質容積増加の組織学的意義や、DMN接続性の向上に伴う認知的相関など、新たな疑問を提起する。


・本研究への参加者は正常な認知機能を有し、平均年齢46歳と比較的若年であったが3~12ヶ月の短期間で認知機能が改善するかどうかの可能性についての疑問がある。


・左利き参加者を除外しているが、観察された左右差の影響に寄与した可能性がある。


・第一に、特に皮質厚の観察結果は文脈化に値する。まず、6ヶ月時点での治療群と対照群の皮質厚の差は0.06mm(60μm)であり、これは人間の髪の毛の幅とほぼ等しい。 3Tでは、MRIボクセル解像度は1mm 程度であり、差異は使用されるツールの測定誤差の範囲内であることを示している。

 第二に、他の観察研究でもCPAP治療後に灰白質が増加することが報告されている。これが細胞レベルで何を反映しているのかは不明である。生体における神経新生は歯状回と嗅球でしか観察されていないため、これが神経新生を反映している可能性は非常に低いと思われる。著者らは、これが炎症プロセスを反映している可能性があると推測しているが、これは、OSAには炎症誘発性の結果があり、OSA の重症度が増すにつれて増加するという既報の観察結果と矛盾しているように思われる。OSA治療により炎症が軽減されると期待されるかもしれないことを示唆している。

 第三に、主要な脳代謝物の磁気共鳴分光法測定は、脳の代謝変化とニューロンの健康状態を評価できるため、これらの不確実性の一部を解決するのに役立つ可能性を証明した。




 中高年に頻度が高い、閉塞性睡眠時無呼吸症候群では、長い経過中に心臓、脳における病変の合併が多いことに関してはこれまでにも多くの報告論文があります。本論文は、機能的PETを、複数回実施し、CPAP効果と大脳皮質の厚さの改善と認知能力の改善を証明したものです。編集者のコメント[2]にあるように改善の差が約0.6mmという毛髪幅に相当する微量であった点は、それだけの精度を読み取れる画像所見といえるかどうかは微妙なところです。

 CPAP治療は、指示された時間、使用日数を守っているのは約4割程度という悲観的なデータもあります。本研究では、CPAP使用者の厳密なデータが提示されていない、という問題点もあります。証明法の問題点はありますが、多くの研究者にとって直接、有効性を証明したデータを提示し得た点では評価されます。新しくCPAP治療を開始した中高年の患者さんには、効果を期待できる根拠の一つともなりそうです。




参考文献:


1.Huajun Xu H. et al.

Effects of continuous positive airway pressure on neuroimaging biomarkers and cognition in adult obstructive sleep apnea: A randomized controlled trial.

Am J Respir Crit Care Med, 2025: 211;628–636.


2.Bubu OM. et al.

Obstructive sleep apnea treatment for brain health: improvement in connectivity but not measurable function?

Am J Respir Crit Care Med, 2025: 211; 555-556.


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