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No.64 間質性肺炎の研究にたずさわったころ


2020年5月19日

 今から半世紀も前ですが、私は医学部を卒業した後、病理学教室の大学院で学んでいました。当時、学園紛争のさなかにありながら教育、研究に打ち込む、恩師、梶川欽一郎教授の人柄に惹かれたことも大きな理由でした。与えられた研究テーマは、間質性肺炎の機序を電子顕微鏡により解明する、ことです。



Q. 線維化とは何か?

 心臓、血管、腎臓、肝臓、皮膚、肺など全身の臓器は加齢とともに硬くなります。これは臓器に線維化という現象が起こることによるものです。米国では、現在、全死亡の45%は、臓器の線維化が原因といわれています。心臓は筋肉の塊ですが線維化が進めば、拡張、収縮の機能が低下し、心不全となります。血管が硬くなれば、内腔が狭くなることも加わり血液が詰まる血栓が多くなります。脳梗塞、心筋梗塞を起こしやすくなります。肝臓は肝硬変では固く縮まり、肝臓の機能が低下します。肺が硬くなるのが間質性肺炎です。 



Q. 抗がん剤、ブレオマイシンで間質性肺炎を作成する

 間質性肺炎は、当時は臨床的にもようやく注目され始めたころでした。

マウスに間質性肺炎を起こし、その過程を電子顕微鏡で追いかけることにしました。そのころ、ブレオマイシンという抗ガン剤が副作用で間質性肺炎を起こすことが知られていました。

実験用のマウスには種類が多く、入手しやすいものや特別の目的で使うマウスがあります。

分かったことは、間質性肺炎を起こしやすい種類と起こしにくい種類があることが判明したことです。このことは、現在、家族性に間質性肺炎が起こしやすい人たちがいるということにも合致します。

また、マウスの年齢も問題で若いマウスは起こしにくいことが分かりました。現在では、間質性肺炎の発症時の平均年齢は66歳であり、高齢者ほど起こしやすいことが分かっています。



Q. 間質性肺炎はどのように進むか?

 電子顕微鏡は、実際の細胞を数万倍の大きさに拡大して内部構造や細胞の周囲を取り巻く他の成分との関係を詳しく知ることができます。しかし、マッチ箱の構造をすべて電子顕微鏡で撮影し、写真にして重ねると富士山の高さになるといわれます。小さな標本の上で、確実に間質性肺炎の初期病変を起こしている部分を見つけださなければならない。

試行錯誤の結果、肺の一番外側を包んでいる胸膜の下から起こり始めるとがわかりました。最初は、ここに軽い炎症が起こります。現在、間質性肺炎は胸膜下から起こり始めることが多いことが分かっています。

次いで、間質性肺炎の初期病変は、正常な肺胞の壁(厚さは1000分の10ミリ)の中では、長く伸びた薄ぺらく見える線維芽細胞が大きくなり長く伸びていくことがわかりました。これらの細胞の周りに線維成分であるコラーゲンと弾力線維が出来上がって、間質性肺炎が完成されていきます。初期の病変は、その細胞の周りに発生する炎症性の変化です。これが引き金になり、細胞が大きくなり、周りに不規則な線維成分が積み重なっていきます。

臨床的には、最初の時期をうまく見つけだすことが大切になります。咳が長引く、などカゼによく似た症状であり、早期発見が難しくなっています。

健康な肺胞にもコラーゲン、弾力線維はありますが整然と並んでおり前者は肺の力学的な強さを持ち、後者は伸び縮みを担っています例えていえば、弾力包帯と同じ構造です。強さがあり、伸び縮みが自由にできる。ところが、不規則に重なったコラーゲン、弾力線維では固くなるばかりで伸び縮みができなくなります。

病変が広い範囲に進むと、肺胞の壁は厚くなり、酸素を取り入れ、二酸化炭素を外に出すというガス交換ができなくなります。これらは、高度の息切れや酸素不足を起こします。

これら進行性の間質性肺炎の進行のカギとなっているのが肺胞の壁にある扁平な細胞です。この細胞が、活性化されて大きくなり、線維成分を不規則にしかも大量に作りだすことにより間質性肺炎が出来上がっていきます。線維に囲まれた状態の細胞は再び細く小さな細胞に戻っていきます。しかし、電子顕微鏡で見ると最初は線維芽細胞の特徴を備えていますが、間質性肺炎が完成すると平滑筋細胞に近い特徴を持つようになります。ついには線維成分しか残らないようになり、肺胞は大きく壊れ働きを失います。

この厄介でカギを握っている細胞は現在では筋線維芽細胞と呼ばれており、コラーゲン、弾力線維は細胞外マトリックスと呼ばれています。




Q. 治療の理論的な目標は?

 肺胞の壁は正常ではわずかに細胞外マトリックスが見えるだけですがこれが大量にしかも不規則に増えると酸素をとりこみ、二酸化炭素を外に吐き出すガス交換ができなくなります。

間質性肺炎が進む過程は、線維芽細胞の増殖 ➡ 線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化 ➡ 細胞外マトリックスの生成です。

そこで、考えられた治療目標の一つは、細胞の抗線維化過程を阻止することです。

筋線維芽細胞の分化を阻止して細胞外マトリックスを増やさないようにすることです。



Q. 高齢者に多い間質性肺炎

 先に述べたように間質性肺炎は高齢者に多いという特徴があります。このことから最近の研究では老化とのかかわりに目が向けられています。老化してきた筋線維芽細胞が、暴走するのが問題ではないか、という疑問点です。

現在、抗線維化薬にはピルフェニドン、ニンデンダニブの2種が使われています。線維化を緩やかにする効果がありますが、副作用は強く、特に高齢者では投与しづらいという問題もあります。



Q. 治療の新展望?

 「線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化をストップさせる」という考え方に従って基礎研究を行った論文が発表されました[1]。

MyoDと名付けられた細胞の転写因子に操作を加え、マウスの鼻腔粘膜に塗り付けて新型コロナウィルスのように増殖させ、間質性肺炎の進行を肺の筋線維芽細胞の分化を阻止することにより治療する、というものです[1]。老化した筋線維芽細胞をもとに戻すことにも一部成功しているようです。まだ、基礎的な実験段階ですが将来は、新しい治療法となる可能性を秘めています。



参考文献:

1.Kato K. et al. Impaired myofibroblast dedifferentiation contributes to nonresolving fibrosis in aging

Am J Respir Cell Mol Biol 2020; 62:633–644.


※無断転載禁止

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