2020年5月25日
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)では、多くの臓器に病変を起こし、それが重症化の原因と考えられています。しかも、その病変は、毛細血管と呼ばれるような細い血管の病変で、小さな血栓が多発し、臓器の機能が急速に低下していきます。
COVID-19は、肺に最初に新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)により広い範囲の感染を起こし、その結果、発熱、空咳、呼吸困難が強くなり、血中の酸素濃度が低下し、さらにウィルスの増殖が進み、さらに全身の臓器の機能傷害を起こします。
SARS-CoV-2感染により肺の微小血管にはどのような病変が起るのか?
5月21日 速報の論文[1]は肺の変化を電子顕微鏡で観察した結果を報告しています。
SARS-CoV-2の感染に特有な変化かどうかを検証するためインフルエンザ(H1N1)感染により死亡した人の肺と比較している点がユニークです。インフルエンザによる肺炎とCOVID-19で起こる肺炎の類似性が指摘されているからです。結論的には、インフルエンザ肺炎で亡くなった人の肺とCovid-19 で亡くなった人の肺は異なっているとしています。
Q. どのような人の肺を電子顕微鏡で観察したか?
1918年、2009年にインフルエンザがパンデミックとなった時に解剖された5人の肺を、COVID-19 で亡くなった5人と比較した。年齢、性別は合わせて比較した。変化は数値化して統計的に差があるかどうかを調べた。
Q. 肉眼的な肺の違い?
解剖した時の左右の肺の重量は健康人では平均1,045gであるがインフルエンザ死亡者は、2,404gであり、他方、COVID-19 では1,681gであった。炎症が強いと肺の水分量が増加するので重くなるが、インフルエンザ肺炎の方が炎症反応は強いと言えそうである。
Q. COVID-19の肺の電子顕微鏡的な所見の特徴?
・肺胞の壁は多数の毛細血管の網目構造でできているが、この毛細血管の構造に変化が見られる。
肺胞の微細な毛細血管の内側を構成する内皮細胞が広範囲に破壊されていた。肺胞には炎症により糊のような構造物のフィブリンが付着。さらに毛細血管には小さな血栓が多発して血液の流れが止まった状態になっていた。内皮細胞は基底膜と呼ばれる構造の上に載っているが、強い炎症でここから剥がれている。内皮細胞の中にはSARS-CoV-2のウィルスが入りこんだ像が見られる。細菌性肺炎で見られるような好中球は少ない。
・毛細血管の太さは正常では均一であるが著しく不均一で太いところや細いところが混在している。毛細血管は長いチューブ構造であるがこれが内部方向に押し出され、重なって見られる部分があり、腸重積でみられる腸のような構造変化となっていることが特徴的である。インフルエンザ肺ではこのような変化は認められない。入院期間が長い人ほど病変は強かった。
・COVID-19で長期間の治療を受けた人の肺の微細構造では、毛細血管構造が再生してきている像が見られた。しかし、先の腸重積状の変化は広範囲で改善していなかった。
Q. 肺組織の血栓形成にCOVID-19 とインフルエンザ肺炎には差異があるか?
・両者とも広い範囲にわたり毛細血管に血栓が見られることが特徴であるが、インフルエンザでは、1㎜以内のより細い毛細血管の血栓形成が特徴的であった。他方、COVID-19ではやや太い毛細血管で病変が起こり、しかも、より広い範囲で病変を起こしていた。さらに太い血管でも同じような血栓の形成が起る。
Q. COVID-19とインフルエンザ肺炎のリンパ球の種類の変化?
CD3陽性Tリンパ球、CD4陽性Tリンパ球、CD8陽性Tリンパ球の数ではCOVID-19とインフルエンザ肺炎の間に大きな違いはない。
Q. ACE2はCOVID-19の肺で変化しているか?
ACE2陽性細が増加しており、特に内皮細胞に著明である。
Q. COVID-19とインフルエンザ肺炎で生ずる遺伝子変化の比較?
計249種類の遺伝子の変化を調べた。7種は共通していたが79種類はCOVID-19に特有だった。
COVID-19に罹患すると、胸部CTでは淡いスリガラス状の陰影が多発している点が特徴的と言われています。顕微鏡で見ると、これらの変化は、呼吸窮迫症候群(ARDS)の時に見られる病変と共通しており、広い範囲の肺胞組織の浮腫、出血、肺胞内のフィブリンの沈着が特徴です。
臨床的には、血液中のD-ダイマーの測定値が高値で血栓形成を示唆します。肺だけでなく毛細血管の変化は、四肢の皮膚にもみられることがあると云われます。
肺胞が広い範囲で働きを失うと、酸素と二酸化炭素のガス交換機能が失われ、血液中の酸素濃度の低下が起こります。呼吸困難も強くなります。
COVID-19に罹患し、回復した人は都内だけでも約5,000人に達しています。肺胞が広い範囲で損傷を受ける疾患は、COPD(慢性閉塞性肺疾患;肺気腫、慢性気管支炎)や間質性肺炎とよく似ています。治った後も、息切れが起っていないか、肺機能低下がないか、酸素欠乏を起こしていないか、などを定期的にチェックしていく必要があると思われます。
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