2020年8月3日
糖尿病(II型)、COPD(慢性閉塞性肺疾患)はいずれも成人に多い慢性疾患です。II型糖尿病は、インスリン抵抗性、高血糖を特徴とし、軽度の炎症性疾患と考えられています。他方、COPDは、気道の中を空気が流れる気流が制限される全身性の進行性炎症と考えられています。
世界的には、COPDは成人の約11.7%で約4億人、II型糖尿病は、成人の11人に1人で約4億2,500万人、と言われています。
COPDの患者さんの1.6%~16%に糖尿病が合併しています。COPDが増悪した時には経口あるいは注射による全身性のステロイド薬の投与が必要ですがこの時に糖尿病が悪化することが無いようにしなければなりません。他方、II型糖尿病では約10%にCOPDが合併していると云われます。適度な運動は両方の病気に必要ですが、COPDがあり息切れが強い糖尿病の患者さんでは運動量を増やすのが難しくなります。加えて、細菌感染を起こしやすく、高血糖が続くとCOPDの予後が悪化する原因となります。
COPDにII型糖尿病が合併した状態は、薬物治療が特に難しくなります。II型糖尿病の治療薬として広く使用されているメトホルミンが、COPDがある場合には増悪の危険を高めるのではないか、とする論文が発表され[1]、注目されています。これまでのメトホルミンの積極投与とは真逆となるので論争の決着が待たれます。
Q. どのように計画された研究か?
・台湾で実施された。台湾では、ほぼ全ての住民(約99%、約2,300万人)がNHIRDと呼ばれるヘルスケアデータにより診断名、投薬の種類などが詳しく登録されている。本研究は、個人情報を暗号化し、2000~2012年までのデータを解析した。
・COPDと診断された患者総数、402,153人。II型糖尿病でメトホルミン投与ありは、61,226人。無しは、71,374人。約5年間の経過を調べた。
Q. どのような結果が得られたか?
・COPDの⼊院では、メトホルミンのユーザーと非ユーザーの比較は、1,000人年あたり21.5と20.5。調整済みハザード比(aHR)は1.34(95%CI、1.26-1.43)でメトホルミンのユーザーが統計的に有意に多く、p値は0.0001未満で有意差あり。
・メトホルミンユーザーは、細菌性肺炎で入院するリスクが有意に高い。しかも、メトホルミンの1日当たりの投与量に比例してリスクが上昇した。
・入院して重症となり人工呼吸器を装着した患者の比較では、メトホルミンのユーザーと非ユーザーで、それぞれ1,000人年あたり22.2と18.4。aHRは1.10で、95%CIは1.03〜1.17、p値は0.001未満。メトホルミンユーザーでは入院して人工呼吸器の装着が必要となる重症者が多い。
・COPDにおける肺がんの発生とメトホルミン使用は関係がなかった。
Q. 何が判明したか?
・COPDにII型糖尿病が合併した状態にメトホルミン投薬を継続すると細菌性肺炎のリスクが高くなり、しかも、重症で入院する場合、人工呼吸器を装着する必要が有意に増加した。➡ COPDを合併したII型糖尿病にはメトホルミンの投与は控えた方が安全である。
Q. 調査研究の背景にある問題は?
・糖尿病として治療している患者の中では、COPDがあるのにその診断率が低く、COPDの治療薬も標準ではなかった。
・COPDの急性増悪を起こす患者では血中のビタミンB12の濃度が低いことが判明している。メトホルミンの投薬量が増えるほど血中ビタミンB12の濃度が低下することが知られている。血中ビタミンB12の濃度が低下して骨格筋の筋力低下を起こすことが人工呼吸器の装着を必要とするようになったのではないか、と推定している。
・さらに著者たちは、メトホルミンが細胞の中に取り込まれ、ミトコンドリアの機能に悪影響を及ぼし、それが骨格筋の働きを低下させるのではないか、と推定している。
この調査研究のようにCOPDでII型糖尿病を合併している患者さんは多いと思われます。従来は、COPDがあってもメトホルミンの投与を積極的に実施すべきであるとされてきました。しかし、この論文の著者たちの調査では、その根拠となる論文は、わずか57人について調査した論文が1編あるだけであり、今後、大規模な調査研究を行うべきだと述べています。重いCOPDでしかもII型糖尿病が重症の場合には、特に、COPDで必要なリハビリテーションの効果を妨げる可能性があります。
私たちは、糖尿病の専門医と緊密な連絡をとり診療を行うようにしています。
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